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2021年12月22日
ジェンダーギャップ
ジャーナリスト 村田 泰夫
2021年も、いろいろあった。新型コロナウイルス感染症が広がって2年目。21年もコロナに明けてコロナに暮れる年だった。逆に、大きなイベントだったのに、私の印象に残っていないのは、東京オリンピックだ。日本人選手が金メダルをとったニュースに、素直に喜んだ私だが、感動は残っていない。
後世に残る年と記憶されることになるのではないかと、私がひそかに思っているのが、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗・元会長の発言である。「わきまえる女性」発言で大批判を浴び、「おかげさま」で、日本人の間に根強くあったジェンダーギャップ(男女間の格差)についての意識改革に、おおいに「貢献」した。
森喜朗さんの発言は、21年2月3日、日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会でのことだ。「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」など、女性蔑視とも受けとられる発言がマスコミで批判された。私が最もひどいと思ったのは「わきまえている女性」発言だった。
当時の新聞記事から引用してみると、次のような発言だったらしい。「私どもの組織委員会にも女性が7人くらいおられる。みんなわきまえておられて、みんな競技団体のご出身で、国際的に大きな場所を踏んでおられる方々ばかりですから、お話も的を射たご発言をされて非常にわれわれに役立っている」
一般的に「わきまえろ」という忠告は、ありうることだろう。ただ、森さんの発言は、男女を問わずではなく、女性に対象を限定して「わきまえろ」と言っていることが問題なのである。もっと、わかりやすく言えば、女性は男性より一歩下がっていろということを言っているのである。私は森さんより年齢は若いが、ほぼ同じ世代である。森さんの頭にある世界は、昔の日本ではいわば常識であった。「妻は夫より一歩下がって歩くものだ」と、世間のほとんどの人が思っていた。
私には妹がいるが、彼女は短大に進んだ。いまから60年ほど前までは、男は4年制大学、女は高卒か進学するとしても短期大学が少なくなかった。短大は2年制だから卒業すると20歳ぐらい。それからお茶やお花などの「花嫁修業」をして、20歳代の中ごろまでに結婚する──と考える人が多かったように思う。私の妹も、ほぼ同じコースを歩んだ。
もちろん、当時から4年生大学に進む女性はいた。しかし、同級生の進路をたどってみると、現在より短大に進学する人も少なくなかったと思う。「女性は高卒か短大」といわれていた当時、そんな話を聞いた私自身、「それは男女差別でおかしい」と声を上げることはなく、「そんなものか」と思い込んでいた。
社会に出てから、私の目が開かれた。同僚の女性社員が、どこへいっても「女性初」と言われるのを見聞きしたのがきっかけだ。それまで地方の新聞記者の職場に女性がいなかったので、わが同僚には「女性初の」という形容詞がついて回ったのである。「日本は遅れている」と痛感した。
昨今の女性の社会進出はめざましく、日本社会においても男女差別はずいぶん減ってきたと思っていたときに、森さんの発言があった。しかも、男女差別の解消では日本よりずっと進んでいる欧米諸国の耳に入るオリンピックという世界的イベントでの発言だったので、海外からの批判が強烈だったことも、騒ぎを大きくし「よかった」。
東京オリパラ組織委員会の新しい会長には橋本聖子さんが選ばれ、委員45人のうち女性は19人で4割を占めるようになった。以前は委員35人中、女性は7人の2割だったから、森発言の「貢献」は大きい。
男女格差を指数化した「ジェンダーギャップ指数」という数値がある。スイスの世界経済フォーラムが毎年発表しているもので、2020年度の総合指数は、世界156カ国中、日本は120位だった。わが国の男女間の格差は極めて高く、先進国であるG7参加国で最下位だ。不名誉なことである。
指数は、経済、教育、健康、政治の4分野で構成される。出生・平均寿命など健康分野では65位とまあまあの水準だが、識字率・初等教育就学率などの教育分野では92位、同一労働における賃金・管理的職業従事者など経済分野では117位と低く、とくに国会議員・閣僚などの政治分野では147位と、極めて低い地位にある。
ただ、光明が見え始めたかなと思われるのは、経済分野だ。大企業のトップに就くのは、依然として男性が圧倒的に多いが、部長や課長クラスに女性が就くケースが出てきた。「女性は出産や育児で仕事を休む時期があるので不利だ」という説が言われていたが、現在、そんな声は聞かなくなった。もちろん、出産などで休むことがあるが、それがその個人の能力にも、また企業の仕事にも何の悪影響もないことが、体験してわかったからであろう。ジェンダーギャップの解消が、日本経済再生のひとつのかぎになると思う。(2021年12月20日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。