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ぐるり農政【174】

2021年9月21日

「ハマ弁」と学校給食

ジャーナリスト 村田 泰夫

 
 「ハマ弁」という言葉を初めて知った。横浜市内の市立中学校で、希望する生徒たちに配達される弁当のことを言うらしい。横浜市長選挙が8月22日に投開票され、立憲民主党の推薦する山中竹春氏が当選したが、争点は「カジノ誘致の可否」だと思っていたら、中学校で完全給食を実施するか否かも争点だったそうだ。

 横浜市立の中学校で給食の提供が始まったのは、なんと今年4月からだ。全国的に見ると、公立中学校の9割以上で学校給食が提供されているのに、横浜市ではこれまで提供されてこなかった。それが、まがりなりにも4月から実施されるようになったが、政令指定都市では横浜市が最後だそうだ。

 「まがりなりにも」と書いたのは、生徒の全員に給食が提供されるのではなく、横浜市の場合は希望者のみが食べる選択制なのだ。しかも、対応できる最大供給量は生徒の3割までというから少ない。全員が給食を食べられるわけではなく、母親がつくる弁当を持参する生徒や、業者が校内で販売する仕出し弁当を買う生徒もいるという。


murata_colum174_1.jpg ちなみに、市長選挙で候補者たちは中学校の給食について、どのような方針を掲げていたのだろうか。地元の新聞によると、当選した山中氏は「全員で食べる給食にする」、無所属だが元自民党神奈川県連会長で菅義偉首相の応援を受けた小此木八郎氏は「検討を続ける」、現職の市長だった林文子氏は「選択制の定着化を進める」、そして元長野県知事だった田中康夫氏は「完全給食を早急に実施」だった。

 今年3月までの横浜市立中学校では、生徒が家庭から持参する弁当か、民間の弁当会社が製造するデリバリー弁当(これを「ハマ弁」と呼ぶ)を学校で買って食べるしかなかった。その「ハマ弁」を4月から学校給食法に基づく給食に位置づけることにしたのだ。

 「ハマ弁」が「給食」に名前が変わっただけみたいな気もするが、横浜市によると法律による給食に位置づけることで、献立や衛生管理に市当局が責任をもつことになり、食材についても安全なものを使うようになったという。一方、生徒や保護者側のメリットもある。これまでの「ハマ弁」は商業ベースだったが、給食にすることで利用者の負担は、食材費のみの1食=330円と安くなった。

 デリバリー型の弁当が給食に使われていることを、今回の横浜市長選をきっかけに初めて知った。神川県内ではこのデリバリー弁当を導入している自治体が少なくない。ただ、横浜市のように上限3割というところは例外的で、17年に導入した鎌倉市では横浜市と同じ選択制だが、利用率は8割に達する。また、川崎市は選択制ではなく全員である。


murata_colum174_2.jpg かつて、給食といえば、ほとんどの小中学校が自校方式の給食だった。どの学校にも給食室があり、給食のおばさんがいた。それが、「コストがかかる」というので、いくつか複数の小中学校の給食をまとめて調理する「給食センター」がつくられ、そこから各学校にトラックで運ばれる方式を採用する自治体が増えてきた。横浜市では、校内で調理する「自校方式」はもちろん、まとめて調理する「センター方式」による全員給食の実施は、予算がないうえ用地取得も難しいとしてやってこなかった。

 極めて残念だ。学校給食法には「自治体は学校給食を実施するように努めなければならない」という趣旨のことが書かれている。だが、強制力がないため、横浜市のように給食を実施しない自治体が出てきていた。憲法では「義務教育は無償とする」と規定されている。本来なら、義務教育である小中学校の給食は全員に無料で提供されるべきものだと、私は思う。

 給食は、単なるおなかを満たす昼食ではない。義務教育の一環である。食材はどこでどうやって栽培され育てられるのか、おいしく食べるにはどうやって調理されるのか、食事マナーや片付けなどの段取り......。教育の一環として給食は位置づけられるべきだと思う。それを、外部の業者の作るデリバリー弁当を学校給食として利用する横浜市当局の考え方は、私には理解できない。単なる昼食としか見ていないのではないか。


murata_colum174_3.jpg 一方で、学校給食より弁当を重視する考え方もある。「親は子どもに愛情あふれるおいしい弁当を持たせるべきだ」というのだ。それが、母親のあるべき姿だといいたいのだろう。しかし、家庭にはそれぞれ事情がある。両親が共働きで忙しかったり、経済的に貧しかったりする家庭もある。弁当を作る親の愛情を軽視するつもりはないが、「弁当箱の中に家庭の経済状況が詰まっている」のも現実である。


 私の高校時代、同級生の中に毎回、彩り豊かでおいしそうな弁当を持ってくる子がいて、うらやましいと思ったものだ。私の弁当は、前の晩のおかずの残りと、ごはんの間にノリを敷いたノリ弁だった。高校はともかく、義務教育は全員に給食がいい。アレルギーの子どもには別メニューの提供もやむを得ないが、学校給食は全員が同じものを食べることに意義があると、私は思う。

 終戦直後に生まれた私にとって、小中学校での学校給食といえば「脱脂粉乳のミルク」と「コッペパン」しか思い出せない。まずかった。米国の余剰小麦売り込み戦略だったのだろうが、おかげで健康に育ったと感謝すべきなのかもしれない。(2021年9月17日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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