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ぐるり農政【172】

2021年7月20日

コロナ禍の影響を分析した「農業白書」

ジャーナリスト 村田 泰夫

 
 話題になることが少なくなった「農業白書」だが、21年6月に公表された令和2(2020)年度版は、好評のようだ。白書は、正式には「食料・農業・農村白書」といい、日本農業の現状と課題を広く国民に伝え、政府が今後とるべき農業政策の方向を示す年次報告のことで、食料・農業・農村基本法で毎年、公表が義務づけられている。

 一年に一回、農林水産省が取りまとめる文書だから、農業の分野で、その年に何が起きたのか知るには都合がいい。研究者たちが重宝しているはずだが、食や農業に関心のある一般国民にも読みやすく工夫してあり、私たちジャーナリストにとっても欠かせない資料となっている。

 何といっても今年度の農業白書で注目すべきことは、「新型コロナウイルス感染症による影響と対応」というタイトルで、42ページにわたって特集していることだ。食料消費面での影響、農業生産・販売面での影響、地方への関心の高まりなど、何が起き、何が問題となったのか、網羅的にデータ入りで要領よくまとめられている。後年きっと参考になることであろう。


murata_colum172_2.jpg まず「食料消費面での影響と新たな動き」では、外食産業が大きな影響を受けたが、2020年4月時点でみると、パブや居酒屋の売上高が91.4%も落ちたのに対し、ファストフードは15.6%減にとどまった。業態によって大きな差が出たことがわかる。また、消費者は自宅で食事をしたり、インターネットによる通信販売で食料品を購入したりすることが増えた。また、食品産業の3割が国内産地との取引を増やしたいと考えていることもわかった。

 「農業生産・販売面での影響と新たな動き」では、コロナ禍で農畜産物の市場価格が大幅に下落するなど大きな影響を受け、農業者の半数が売上高にマイナスの影響があったという。一方、オンラインで消費者に直接販売する動きが広がった。農林水産物の輸出は、コロナ禍の当初、落ち込んだが、しばらくしてからは増加に転じ、年間としてはプラスになった。また、コロナ禍の規制で来日を予定していた外国人材が入国できず、労働力不足に直面する農業経営体が続出した。

 さらに白書は、コロナ禍で「地方への関心や働き方、交流に関する新たな動き」が出てきたことに触れている。テレワーク(在宅勤務)など場所を問わない働き方が進むことで、都会の人たちの間で地方への関心が高まり、「ワーケーション」が注目されるようになった。人口減少に悩む地方が、これで一気に活気を取り戻したわけではないが、地方での豊かな暮らしが再認識された意義は大きい。


 今年度の白書で特徴的なことは、トピックスとして7つものテーマを取り上げていることだ。トピックスは、現在の農政の課題がどこにあるのかわかりやすく抽出したもので、白書の冒頭部分に掲げられている。近年の白書で取り上げられるトピックスは、2~3項目であることが多かった。前年度版では、「SDGs(持続可能な開発目標)」と「日米貿易協定の発効と対策」の2項目だった。

 白書が今年度版で取り上げた7項目のトピックスは、以下の通りだ。
1、農林水産物・食品の輸出の新たな戦略
2、みどりの食料システム戦略 ~食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現~
3、令和元(2019)年度スマート農業実証プロジェクト
4、農業・食関連産業でのデジタル変革の推進
5、鳥インフルエンザ、豚熱への対応
6、植物新品種の海外流出対策
7、フードテックの現状


murata_colum172_1.jpg こうして7項目のタイトルを眺めていると、前年度に起きた農政上の事象というより、農水省が今後、力を入れて進めていく農政のPRといった趣がする。

 昨今の農業界の変化をうかがわせる農政上のテーマといえば、「データを活用した農業」である。今年度の白書のトピックスのテーマ7項目のうち、デジタル関連ともいうべき「スマート農業の実証実験」や「デジタル変革の推進」それに「フードテックの現状」の3つが盛り込まれていることは納得できる。

 一方、グローバル化における日本農業の対応も、農政上の大きな課題で、7つのトピックスのうち、「農産物輸出の新たな戦略」「植物新品種の海外流出対策」それに「みどりの食料システム戦略」の3項目が盛り込まれている。


 こうしてみると、当面のわが国の農政は、「データを活用した農業」と「グローバル化への対応」の2つのテーマに対応しようとしていることがわかる。これまでの農政は、市場開放から国内農業をいかに守るかといった「内向きの農政」だったが、これからは生産性向上や海外市場の開拓など「攻めの農政」に転じつつあるのではないか。そんな予感をさせられる今年度の農業白書である。(2021年7月19日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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