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2021年5月24日
コロナ禍が強制するデジタル社会
ジャーナリスト 村田 泰夫
新型コロナウイルスの高齢者向けワクチン接種の予約が混乱している。医療従事者向けの優先接種の場合、対象が限られていたことから混乱は少なかった。しかし、高齢者向けの場合、接種するワクチンの用意が少ないのに、早いもの順で受け付けるというので、申し込みが殺到し、自治体の電話がパンクしたりネット回線がフリーズしたりした。
公平に受け付けるにはどうしたらいいのか、自治体は悩んだことであろう。電話やホームページ上で「早いもの順」に受け付けるのが、最もわかりやすく公平な方法であることは間違いない。ワクチンに余裕があれば、時間はかかっても多数の人から受け付けられる。しかし、配給されるワクチンの量が少ないと、「受け付け開始から10分足らずで満員。打ち切り」となってしまう。そこで、怒った高齢者が役場に押し掛ける混乱も起きてしまった。
運よく? ワクチン接種の予約をとれた高齢者の中には、「息子がスマホを使ってとってくれた」など、子どもや孫に手伝ってもらったという人が少なくなかった。
デジタルデバイドという言葉を思い出す。「情報格差」のことで、情報技術(IT)を使いこなせる者と使いこなせない者との格差である。世代間の情報格差がこれほど大きかったことを、今回のワクチン接種の予約受付騒ぎが世間に知らしめてしまった。
世代間のデジタルデバイドは、現状では何歳ぐらいから生じているのだろうか。後期高齢者といわれる75歳ぐらいが境目なのかもしれない。もちろん個人の差が大きく、80歳代でもデジタル機器を使いこなしメールを駆使している人もいる。しかし、現在70歳代の元サラリーマンは、会社勤めをしていたとき、ワープロからパソコンへ、そしてポケベルから携帯電話へ、デジタル機器の進化に対応せざるを得なかった世代である。だから、デジタル機器を使える人がいる一方、組織の幹部になって、メールなどのやり取りは秘書などに任せきりだったという人も少なくない。
後期高齢者の仲間入りをしている筆者の世代には、飲み会の連絡でメールを送っても、数日後でないと返信してこない人もいる。毎日メールを点検する習慣がなく、「たまにパソコンを開くとメールがどっと届いていて迷惑だ」と、その彼は不満を言っていた。もっとすごいのは、はがきでしか連絡がつかない友人もいる。彼は農業団体の事実上のトップに躍り出たが(現役時代、メールは秘書が代行していた)、彼からの誘いは、電話のこともあるが、たいてい、はがきである。「○○日に東京に行くから、都合はどうか」というものだ。当方もはがきで返事を書くしかない。生産性が低いこと、おびただしい。
余談だが、若い人の中には、はがきや封書のどの位置に宛名を書いたらいいのかわからない者がいると聞いて驚いたことがある。スマホで連絡を取り合うのが当たり前で、はがきや封書を出したことのない世代が出てきている。「はがき・封書デバイド」が発生している、と言っていいのだろうか。
話を戻すと、今回のコロナ禍で、アマゾンなどの通信販売業者の売り上げが最高を更新したという。コロナ禍で、町に買い物に出かけると新型コロナウイルスに感染するリスクが高いので、自宅でパソコンやスマホを操作して、買い物を済ませてしまう者が激増しているからである。
職場でも同じことがいえる。満員電車での通勤、オフィスでの作業、仕事帰りのいっぱいなど、仕事に出かけることによる感染リスクは低くない。そこで政府も会社経営者もテレワークを推奨している。テレワークとは、「テレ」(離れたところ)と「ワーク」(働く)をくっつけた言葉で、日本語に直せば「在宅勤務」だろうか。自宅以外のカフェなどで働く人は「リモートワーク」と言った方がしっくりくるかもしれない。
社内の会議や取引先との商談も、リモートで実施されることが当たり前になってきた。国際会議もリモート方式で実施されていることは、日々のニュースで目にすることができる。
デジタルによる社会変革は避けられないところまできている。実際のところ、「DX(デジタルトランスフォーメーション)へのスピーディで円滑な移行が日本経済の明日を左右する」とまでいわれている。
DX化、すなわち「デジタルによる変容」は不可避とはいえ、これまで、DXはじわじわとしか進んでいなかった。ところが、やむなくテレワークを余儀なくされたり、人が集まるリアルの会合がパソコンやスマホを介したリモート会議に変更されたりして、コロナ禍がDX化を強制的に、私たちの暮らしに迫っていることを意味する。
世の中の変容は、通常は連続した線で描けるように、徐々に進むものだ。だが、連続した線ではなく、不連続に一気に社会の変容が進むときがある。そのきっかけは、戦争であったり、今回のような疫病のパンデミックであったりする。数十年たった後に、デジタル化が急速に進み人類の生き方が変わったきっかけは、2020年の年頭から世界中に広がったコロナ禍だったと振り返る時がくるかもしれない。それが、人類滅亡への一歩だったといわれるようでは困る。人類の進歩の第一歩となることを祈りたい。 (2021年5月21日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。