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ぐるり農政【165】

2020年12月22日

クマ被害と森林の再生

ジャーナリスト 村田 泰夫

 
 クマの出没が近年増えている。環境省によると、2020年度は10月末現在、全国で5770頭が捕獲(許可分のみ)された。過去最多だったのは19年度の6285頭だったから、それに迫る多さで、2年続けて高い水準を維持している。

 なぜ、こんなにクマの出没が増えたのだろう。北海道に生息するヒグマ、本州と四国に生息するツキノワグマとも、生息数そのものが増えたとする説がある。クマの生息域が広がっていることは、さまざまな調査で確かめられたが、野生動物であるので正確な生息数はつかめていない。

 確かに言えることは、クマのエサとなるドングリなどの木の実が20年は不作であったことから、クマがエサを求めて人間の生活圏にまで山から下りてきたことだ。昔も山でドングリが不作だった年があったが、近年、人間の生活圏とクマの生息圏があいまいになってきた。これが、人間から見てクマの出没機会が増えた原因だと、専門家たちは言う。


murata_colum165_1.jpg クマは通常、12月から翌年4月ごろまで冬眠するため、夏の終わりから秋にかけて、栄養価の高いドングリなど木の実を食べる。ところが、20年はドングリが各地で不作になり、思うようにドングリを食べられない。人間とクマの境界線がはっきりしていた時は、クマは人間の生活圏にまで下りてこなかったが、境界線がはっきりしなくなって、農家の庭のカキの実や畑の農作物を食べるようになった。

 農家の畑にある農作物は、クマにとってもおいしい。山里に下りてくれば、栄養価があっておいしいエサにありつけることを、クマは学習してしまった。近年、冬眠しないクマもあらわれるようになってきた。冬は雪に閉ざされた山にエサがないので、空腹に耐えかねたクマが山里に下りてきて、人家に押し入るようになったという。


 有効なクマ対策はないものだろうか。人間とクマとの境界線をはっきりさせることが、一つの対策だ。山のふもとにある水田や畑が耕作放棄されて、境界線はあいまいになった。耕作放棄地の草を刈るなどすればよい。クマだけでなく、イノシシやシカなどの獣害対策にもなるので、耕作放棄地の手入れに助成金を出す自治体も出てきた。


 山にエサとなる木を植えるのも立派な対策になることを、和歌山県内の育林業者から教わった。その業者は、「森を育てる」理由の一つに、獣害対策を挙げていた。戦後に植えたスギやヒノキの伐期がきて、木を伐るのはいいのだが、利益が少ないので伐採後に植林しない林業家が少なくない。伐りっぱなしで「はげ山」のまま放置してしまうのだ。そこで、その育林業者は林業家に代わって、政府の補助金を活用しながら、植林し下草刈りをするなどの育林作業を請け負っている。

 木の苗を植えるのだが、その方法を聞いて感心した。スギ、ヒノキなどの針葉樹は山の下(ふもと)に植え、ウバメガシなど広葉樹の苗は、山の上の方に植林するというのだ。将来、スギ、ヒノキは換金のため伐採される。その跡地に植林しないことになっても、その上部にある広葉樹のドングリが転がってきて、スギやヒノキの伐採跡地に広葉樹林が自然に形成される。そこまで見通して、山の上部に広葉樹の苗を植える。

 しかも、ウバメガシなどの広葉樹は、十数年から20年程度の短いサイクルで伐って、備長炭など木炭の材料として売ることができる。また、広葉樹は根元を残して伐れば、新たに植林しなくても、根元の脇からひこばえが生えてきて(萌芽更新)、また20年後には伐採して換金できる。ドングリの実がなる広葉樹林は、クマにエサを提供したり、野鳥のすむ生態系豊かな自然を作り出したりする。クマは本来、臆病な動物であり、山にエサがあれば山里に下りなくていいから、人間に殺されなくて済む。


murata_colum165_2.jpg さらに、ウバメガシなどの広葉樹の苗は、地域の子どもたちに拾ってもらったドングリを苗床に埋めて、発芽させて育てる。その苗床は、森づくりに協力してもらう地域の企業に育ててもらう。「地域の企業」といっても、大きな企業ではない。駅前ホテルや家具屋、飲食店などの小さな商店だ。苗づくりの作業は難しくない。苗床のポットにドングリを一つずつ埋め、定期的に水を撒いてもらえばいい。駐車場の一角や空き地でやれる。育てた苗木は、育林業者が買い取ってくれる。

 「秋に赤くなる山を持っていると、引け目を感じたものだ」。昔、林業家を取材したとき、こんな話を聞いたことがある。「山が赤くなる」とは、広葉樹林のままで、スギ、ヒノキを植えてないことを意味する。つまり、造林作業をきちんとやらず、「怠け者」と見られて肩身の狭い思いをしたというのだ。


 林業といえば建物の柱や板材になるスギやヒノキを有用材として、50年以上育てる事業だと、私たちは思い込んでいる。そうした事業が林業の主流であることは、今後も変わらないだろう。しかし、ウバメガシなどの広葉樹を薪炭林として育て、十数年から20年ごとに伐採し続けるのも、立派な林業である。広葉樹林は、クマにエサを与えることで野生動物との共生を実現するなど、さまざまな動植物が生息できる場を提供してくれる。生態系豊かな森は、人間社会に清流と美しい景観を提供してくれる。(2020年12月21日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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