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ぐるり農政【162】

2020年9月23日

テレワークやリモート取材の功罪

ジャーナリスト 村田 泰夫

 
 コロナ禍は、取材をなりわいとするジャーナリストにも、大きな難題をもたらした。「3密」を避けるため、対面での取材がままならなくなったのだ。新聞記者時代、先輩から「現場を踏め」と教育されてきた私としては、戸惑うことばかりだ。しかし、世の中はデジタル時代。遠くにいても、テレビ電話で話を聞くことができるし、何十人もがパソコン画面を通して会議を開いたり、講演を聞いたりすることもできる。

murata_colum162_1.jpg 私も、ズーム(zoom)で講演を聞いたり会議に参加したりした。また、スカイプ(skype)を利用してパソコン画面を通して取材したことも何度かある。何といっても「3密」を避けられるから、マスクを外せるし、感染の心配がないのが、最大のメリットであろう。

 さらに、出かけずに、自宅や事務所にいながら、遠くの人と、まるでそこにいるかのように話せたり、資料を見せ合ったりできるので、極めて便利だ。しかも、通話料金はほとんどの場合無料だから、経費面でも節約できる。


 コロナ禍をきっかけに、自宅やリゾート地で仕事をする「テレワーク」が広がっている。「テレ」とは「遠い」、「ワーク」は「働く」という意味だ。感染防止で、やむなく「自宅勤務」を認めたというのが、導入の当初のきっかけであろう。通勤時に満員電車に乗ることはないし、家で配偶者や子どもと過ごす時間が増えて、より人間的な暮らしができる。いいことずくめのように思える。


 ところが、いろいろ問題も出てきた。パソコンを使って情報をやり取りするので、「情報漏洩」の危険性が指摘されるようになった。また、当然のことながら、みんなが一緒に事務所で働くわけではないから、労働の時間管理ができず、「さぼる」人も出てくる。そして何より、おしゃべりやランチ、あるいは帰りに「いっぱい」といったコミュニケーションの機会が減ることで、職場のチームワークがとりづらくなってしまう弊害も出てきた。


murata_colum162_2.jpg 「ジョブ型雇用」というのがある。これまで、私たちは、学校を出て企業に就職すると、見習いから始め、さまざまな部署や転勤を経験し、年功を積むごとに係長から課長、そして部長へと、だんだん出世していく。こうした雇用形態を「メンバーシップ型雇用」と呼ぶのだそうだ。サラリーマンとは、そういうものだと、私は思い込んでいた。

 だが、日本経団連の会長は、ポストコロナ時代の雇用形態として、「日本の雇用形態をジョブ型に変えていかなければならない」と強調する。日本のホワイトカラーの労働生産性が低いのは、日本型の雇用形態にあるからで、ジョブ型に変えれば生産性が上がるという。

 労働生産性の低さが日本型雇用形態にあると、私には思えない。ジョブ型雇用とは、すでに一応のスキルを持った人を雇用することであり、概念としては外注に近い。学校を出たばかりの新入社員にそれを求めるのはお門違いではないか。

 やはり、テレワークでは人は育たないと、私は思う。仕事とは、同期入社の仲間、係長や課長などの上司、あるいは補助職の職員など、さまざまな立場の人たちとチームを組んで進め、スキルを磨いていくものだろう。上司からしかられながら仕事を学ぶのはもちろん、同僚と意見が対立したときの収束の仕方や、仕事以外の趣味のこと、あるいは恋愛についての相談に至るまで、職場で顔を突き合わせているから可能なことがいっぱいある。


murata_colum162_3.jpg 話を、私の仕事に戻そう。リモート取材は、経費はかからないし、一応、顔を見られるから、どんな人なのかもわかる。なにより、一問一答方式でやり取りがスムースに進むことが多いから、取材は効率よく進められることができる。

 でも、何かが足りない。リモート取材を終えた後、いつもそんな感じを抱く。聞き忘れたこと、取材し損ねたことがあるのではないか。そんな強迫観念を払いのけられないのだが、それが何なのかわからない。先方の了解を得て、久しぶりに対面取材をしてみて、その「何か」がわかった。


 私の場合、取材先について事前に調べておき、それを念頭に質問し話を聞く。対面取材だと、どういうわけか、しばしば「よけいな話題」に脱線することが多く、事前の調べにはない新たな事実(ネタ)を発見することがある。また、現場に行けば、農場の施設、イネの育ち具合、従業員らしき人たちの姿を見て、それについて質問することも、新たな事実の発見につながる。リモート取材だと、現場を見ることができないから、話題が広がらない。一問一答に終わってしまい、不完全燃焼に終わった感が残ってしまうのである。

 また、現場に行くと、必ず発見がある。臭いや形や色、それに音など、人間の五感にかかわる事実である。そうした五感を刺激する事柄から原稿を書き始めると、原稿に臨場感が出てくる。文章に臨場感があると、原稿に躍動感が出てくるし、当方が訴えたいことが読者によりわかりやすく伝わるのではないか、と思う。

 新聞記者時代、先輩たちが「現場を踏め」と繰り返していたことの大切さを、コロナ禍のリモート取材を強いられて、改めてかみしめている。(2020年9月23日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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