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2020年7月21日
分厚くなるばかりの「農業白書」
ジャーナリスト 村田 泰夫
2020年版の「農業白書」、正確には、平成元(2019)年度の「食料・農業・農村白書」が20年6月に公表された。第一印象は、「重い」ことだ。本文だけで417ページにのぼり、前年版の386ページより大幅に増えた。重さは1.3kgあるそうだ。年々分厚くなる傾向にある。数年前に農林水産大臣が「もっと薄くしろ」と一喝し、薄くなったことがあるが、また元に戻りつつある。
厚さは本質的なことではない。内容が充実していればいいのだが、必ずしも、そうと言えるわけではない。白書は、日本農業の動向(現状と課題)を広く国民に知らしめ、政府が今後とるべき農業政策の方向を指し示す年次報告のことで、食料・農業・農村基本法で毎年、公表が義務づけられている。
年々、分厚くなるのは、省内の各部署が、みずからの政策の効果をPRしようとするからであろう。昔の白書になかった「コラム」が増え、冒頭部分に「特集」や「トピックス」のページが設けられた。現在の農政の課題がどこにあるか明らかになるし、国民が関心を抱くテーマをわかりやすく解説する試みは評価できる。
今年の白書の特集では、今年度からスタートした「新たな食料・農業・農村基本計画」と、「輝きを増す女性農業者」を取り上げている。トピックスでは「食料・農業・農村とSDGs(持続可能な開発目標)」と「日米貿易協定の発効と対策等」に焦点を当てた。
政府が国会に提出する年次報告であるから、政策批判が含まれているはずもなく、それを望みもしない。今年の特集で「女性」を取り上げたのは、19年が男女共同参画社会基本法の施行から20年目の節目に当るから、タイムリーな企画だと思う。白書が特集で女性を取り上げるのは「初めて」だそうだ。
しかし、何か物足りない。日本農業の動向、つまり現状と課題を明らかにするといっても、単なる数字が増えたとか減ったとかいう記述にとどまっていては、興味がわかない。物足りなさを感じるのは、日本農業の現状についての構造分析がないからではないかと思う。
思い出す白書がある。18年版の農業白書に「若手農業者がいる販売農家の経営構造分析」が載った。わが国の農業界には「日本農業衰退論」が支配的だが、どっこい、日本農業はがんばっているという事実を、データで示した優れた分析だった。
さわりの部分を紹介すると─ 49歳以下の若手農業者のいる農家を「若手農家」と呼ぶことにすると、販売農家のうち若手農家はわずか11.5%しかいないが、その若手農家の45.2%が1000万円以上の農産物販売収入があるというのだ。農業で飯を食っていけているということである。
驚くのは農業所得が多いことである。若手の稲作農家(平均の耕作面積15.4ha)の農業粗収益(売上高)は2404万円で、農業所得つまり年収は799万円。若手の酪農家(平均の搾乳牛57.1頭)の農業粗収益は6511万円で、農業所得は1188万円にのぼる。年収ベースで、稲作農家で約800万円、酪農家で約1200万円というのは、すごいことではないか。「衰退産業」などという言い方が、いかに的外れであるかがわかる。
こうした分析は、農業白書か、あるいは、やはり農水省の統計情報部のかかわる農林業センサスでしか、お目にかかれない。今後も、日本農業の構造のどこに問題があるのか、あるいは、いかに変貌をとげているのかを明らかにする分析を農業白書に求めたい。
今後の分析対象としてどんなテーマがあるのか、列挙してみると、思いつくことだけでも、たくさんある。まず、「担い手への農地集積率」である。政府は23年度までに担い手への農地集積率を8割に引き上げる目標を掲げているが、現状では56.2%にとどまっている。そこで政府は、今年度中に全地域で担い手を特定する作業に着手するという。来年の白書では、その作業の経過と、仮に計画通りに進まなかった場合、その課題を整理して分析してほしい。
担い手の特定の進捗具合を知りたいのは、現下の地域農業の最大の課題であるからである。小さな農家が集まって大規模経営をめざす集落営農は、中山間地域や中小・零細農家の多い日本で、救世主的役割を果たすと期待されたが、その集落営農で担い手が見つからず瓦解するところが出てきている。
農地の集積、担い手の確保、中小・零細農家対策、中山間地域対策など、日本農業の問題点や課題が詰まったテーマである。その的確な分析から、わが国の農業改革のヒントが見つかるかもしれない。
また、新規就農者の詳しい分析を読んでみたい。新規就農者は18年で5万6000人いるが、そのうち、将来の担い手として期待される49歳以下の新規就農者は1万9000人だという。「2万人足らずしかいないのか」と言えるが、人数だけが問題なのではない。新規就農者のうち、とくに非農業分野からの新規参入者は、数は少なくても質の高い人が少なくない。どんな人が、どんな農業をやり始めているのか、知りたいのである。(2020年7月20日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。