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2020年5月25日
「食料危機」は待ち望むことなのか
ジャーナリスト 村田 泰夫
「新型コロナウイルスの感染拡大で、食料危機が到来する」。こんな懸念がささやかれている。ロシアが4~6月の小麦輸出に規制措置を導入したことなどで、穀物相場が高騰して「食料危機」が発生するかもしれないというのである。
穀物輸入国である日本にとって、そんなことが起きては困る。ところが、農業界の業界新聞や情報誌の中には、「食料危機の懸念」を大きく取り上げ、「大変なことになる」としながらも、まるで待ち望んでいるかのようなタッチで伝えている。もちろん、待ち望んでなんかいないと思うが、取り上げ方に違和感を抱くのは私だけだろうか。
食料危機が来るぞ → 食料自給率の低い日本は、食べ物の確保に困る → 国内農業をもっと大事にする必要がある → 農業予算をもっとたくさん確保すべきだ。という論法で「食料危機」のニュースを伝えることが多い。
国内農業を大事にすることに、私は異存がない。国内農業を重視することに大賛成である。「日本農業は競争力がないから国内生産はやめて、海外から安い農産物を輸入した方が日本経済には得だ」とは考えない。また、「日本農業は競争力がないから、国内農業を守るために、海外から安い農産物が輸入されないように関税を高くすべきだ」とも考えない。
「日本農業は競争力がない」という前提が間違っている。日本農業には競争力があると私は思っている。平時から国内農業の生産力を強化して食料を増産し、余剰分は輸出して稼ぐべきだと思っている。強い農業を国内に維持していれば、食料危機なんて怖くない。
新型コロナ禍でなぜ食料危機の到来が懸念されるのだろうか。新型コロナウイルスの影響で、各国とも食料の国内市場への供給を確保するため、小麦など穀物の輸出を規制する動きが出てきた。たとえば、小麦の輸出大国であるロシアは、2020年4~6月に、輸出数量の割り当て制を実施し、割り当てが終了すれば輸出を停止するとした。インドも米の輸出数量の制限に踏み切った。
大きな影響はなかったとはいえ、由々しきことだと危機感を抱くのは当然である。20年3月31日、FAO(国連食糧農業機関)、WTO(世界貿易機関)、WHO(世界保健機関)は、連名で「国際市場で食料品不足が起きかねない」と、警告する共同声明を出した。
何らかの危機が起きると、人々は生存に不可欠な食料の確保に走る。わが国では、東日本大震災の場合もそうだったが、今回の新型コロナ禍でも、都会のスーパーから一時、コメがなくなった。現在は、スーパーの棚に小麦粉がないそうだ。「巣ごもり需要」だという。子どもたちの学校が休みで、自宅でお菓子やパンを焼く需要が急増したそうだ。外食需要が激減し、コメも小麦粉も倉庫には山積みされている。ところが、家庭向けの小袋の生産が間に合わず、一時的に小売店の棚から消えたのが真相らしい。
国際的な危機が起きたとき、食料輸出国は自国民を優先することを考えるから、食料の輸出を制限しがちである。近年では2008年に穀物価格が急騰した時、インドやベトナムが米の輸出を規制した。価格が高騰し輸出が増えて、国内の食料品価格が高くなって自国民が苦境に追い込まれるのを防ぐためである。食料の輸出規制は、輸入国である日本は困るので、「輸出規制をすべきではない」と働きかける。しかし、非常時に自国民を犠牲にしてまで食料を輸出し続ける国はあるまい。
過去も現在も、そして将来も、国際的な危機が起きたときには食料危機は起こりうる。それにはどう対処したらいいか、平時から考えておかないといけない。小麦や大豆など穀物相場が跳ね上がるときがある。その場合、経済力のある日本は購入し続けられるから、食料品価格が上がって国民の不満は高まるが、飢えることはない。
問題は、戦争や世界的な新興感染症で「物流が止まる」という物理的な障害が起きたときである。食料輸入国である日本は窮地に追い込まれる。万が一の事態に備えておくことは、国民に安定的な食料を確保する責務のある国家の重要な役割である。
別の言葉で言えば「食料安全保障」対策を、平時から打っておくのである。価格の高騰など一時的な危機には、食料備蓄が有効であろう。長期的には、農業の重要な生産手段である農地を確保しておく必要がある。農水省は万が一の場合、日本国内の食料生産能力がどれだけあるか計算した「食料自給力」を示し、農地の確保を強調している。それに異存はない。
最も現実的で負担のない食料安全保障対策は、穀物の輸出である。品質の高い日本の米は、国際競争力がある。価格が高いことが問題視されるが、減反を事実上維持し、価格を政策的に釣り上げているからである。減反は耕作放棄地を生み、国内の農業生産力を引き下げてしまう。減反を止めて農地をフル活用し、効率的な生産に転じれば、価格は下げられる。実際のところ、大規模稲作農家の生産コストは、十分に低い。
平時には一定量を輸出し、危機に際しては国内消費に振り向ける。輸出が事実上の食料備蓄の役割を果たし、立派な食料安全保障対策となる。 (2020年5月25日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。