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ぐるり農政【157】

2020年4月22日

もう一つのパンデミック「蝗害」

ジャーナリスト 村田 泰夫

 
 新型コロナウイルスの世界的な大流行(パンデミック)で、十数万人を超える死者を出しているが、同じ時期に、もう一つのパンデミックがアフリカから中東、アジアで発生している。バッタの大量発生による「蝗害」(こうがい)である。

 国連食糧農業機関(FAO)によれば、今年初め、アフリカ東部のケニアやエチオピア、ソマリアで大量発生したバッタは、紅海を越えアラビア半島、さらにはペルシャ湾を越えて、2月にはパキスタン、インドに広がっている。

 エチオピアではトウモロコシ、小麦など20万haの農地が被害を受けた。FAOによれば、エチオピア、ケニア、ソマリアでは、約1200万人が食料援助を必要とする事態に陥っている。パキスタンでは、食料価格が急騰し、人々を苦しめている。


murata_colum157_1.jpg バッタの大量発生は珍しいことではない。2003年にはアフリカ西部のモーリタニア、マリ、ニジェールなどで発生した。FAOによると、中東など20カ国に被害をもたらし、農作物の被害は25億ドルにのぼり、対策費だけでも4億ドルに達した。西アフリカの6カ国だけで838万人が食料不足になった。被害は2005年に降水量が減り、気温が下がるまで続いた。

 今年の発生地は、アフリカ東部のケニアやエチオピアだった。この地域で今年は雨が多く、草が良く育ち、それがバッタの急速な繁殖を助けたのではないかと言われている。今年の被害は、発生地であるアフリカ東部に大きな爪痕を残した。とくに、ソマリアでは25年ぶり、ケニアでは70年ぶりだというから、バッタは相当大きな集団に成長していたのだろう。


 大量発生したバッタは空を覆うほどだそうで、集団を形成したバッタは、草や農作物を食べつくしながら産卵を繰り返し、さらに大きな集団を作る。次の世代には20倍に増えるといわれ、繁殖率が極めて高いのだ。バッタの寿命は約3カ月だから、6カ月後には400倍に増えてしまう。

 また、その移動距離は、風に乗って1日に150kmに及ぶこともある。農作物や草を食べる量は、1日当たり人間の食料に換算して3万5000人分に相当するという。バッタの大群が去った後は、まるで「山火事のようだった」と表現する人もいるぐらいだから、蝗害のすさまじさは想像を絶する。

 アフリカと比べ、南西アジア地域の人口は多い。この地域で食料がバッタに奪われれば、食料危機による影響は、より大きくなることが懸念される。

 大量発生するバッタは、日本にもごく普通にいるトノサマバッタと同じ仲間で、サバクトビバッタと呼ばれる。このサバクトビバッタは通常、日本のトノサマバッタと同じように一匹ずつ行動する。見つからないように身体の色は草と同じ緑色で、草むらに目立たないように生きている。おとなしいのである。

 そのバッタが大量発生すると、身体の色は黄色に黒色を帯びた目立つ色に変わり、羽根も大きくなって長距離を飛べる、獰猛な害虫に変身する。同じバッタが変身することを「相変異」と呼ぶそうだが、なぜ相変異を起こすのか不思議である。ちなみに、日本にいるイナゴは、相変異しないそうだ。

murata_colum157_2.jpg 世界中の研究者が、解明に取り組んでいる。蝗害をなくすには、獰猛な害虫に変身するメカニズムを解明すれば、害虫化を防ぐ手法が見つかるかもしれないからである。現状では、バッタの集団を見つけ、飛行機や大型ドローン(無人機)などを使って、薬剤を散布したりしている。しかし、効果的な予防策は見つかっていない。


 バッタが一匹ずつ暮らすありさまを、研究者たちは「単独相」(たんどくそう)と呼ぶ。それが群れて獰猛な性格に変身することを「群生相」(ぐんせいそう)と呼ぶ。変身するきっかけは、バッタ同士の身体がぶつかり合うほど密集することであることが、わかってきた。

 バッタは幼虫から成虫になるまでに、6回脱皮する。その幼虫を狭い箱の中に身体がぶつかるほどたくさん入れて飼育すると、幼虫は脱皮するたびに黒色を帯びた群生相タイプのバッタに育つ。さらにおもしろいことに、箱に入れる幼虫の数を減らして身体がぶつからないようにすると、次の段階の脱皮から元の単独相タイプに戻ってしまうそうだ。

 しかし、バッタの身体がぶつかり合うほど密集すると、なぜ獰猛なバッタになるのか、いまのところ、確かなメカニズムは解明されていない。


 一つの仮説がある。身体がぶつかり合うほど密集するということは、エサの不足を予測させるものだから、生き延びるためにバッタは群生相に変身し、エサを求めて長距離を移動し、草や農作物を食べつくすのではないか。バッタといえども、みずから生き延び、たくさんの子孫を残すために懸命に生きているに違いない。仮説は、そうかもしれないと思わせるが、確かなことはわからない。(2020年4月20日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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