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ぐるり農政【156】

2020年3月23日

コメの「買占め」騒ぎ

ジャーナリスト 村田 泰夫

 
 マスクがドラッグストアや薬局の店頭から消えて久しい。新型コロナウイルスのまん延で、消費者が買いに走ったからである。「買占め」もあるだろうが実需もある。ところが、トイレットペーパーやコメも、2月中旬から下旬にかけて、一時、スーパーなどの店頭から消えた。3月に入ってから、スーパーの店頭に山積みされるようになって、騒ぎは解消した。トイレットペーパーやコメは、明らかに「買占め」による一時的品不足である。


murata_colum156_1.jpg なぜ、買占めが起こるのだろう。トイレットペーパーは、ネットの情報で「原料がマスクと同じで、トイレットペーパーの生産がストップした」とか、「貿易がストップし、中国から輸入されなくなった」といったニセ情報が流され、「それに踊らされた消費者が買占めに走ったため」と説明されている。トイレットペーパーについての噂話は、まったくのウソ。トイレットペーパーのほとんどが国産で、中国との貿易が仮にストップしたとしても、供給に問題はない。

 では、コメの買占めはなぜ起きたのだろう。「コメがなくなる」という話は、ネット上でも噂になっていない。コメについては、供給不安についてのニセ情報もないのに、消費者は買いに走った。「急におコメを買う人が増え、棚から消えた。急きょ発注して、いまは山積みしているが、売れ行きはむしろ悪くなった」。こんなスーパーの売り場の人の話が新聞に載っていたから、実際に買占め騒ぎが起きたのだろう。騒ぎがトイレットペーパーのように、広がらないうちに収まったことは幸いである。

murata_colum156_2.jpg コメの買占めは、私たちの記憶に残る事例では近年に2度ある。1度目は、1993年のコメの凶作のとき。国内産米が実際に足りなくなり、政府はタイなどから緊急輸入した。国産米の絶対量不足を補うことができず、価格が高騰した。2度目は、2011年の東日本大震災のとき。地震で道路網などが寸断され輸送が滞ったため、一部地域でガソリンやコメなど生活必需品が不足した。ガソリンが販売制限されたり、コメがスーパーの棚から消えたりした。いずれも輸送網の復活で、買占め騒ぎは広がらずに収まった。


 今回のコメの買占め騒ぎは、大きく広がらず一時のこととはいえ、なぜ起きたのだろうか。コメは必需品である。なくなったら困る。新型コロナという感染症のまん延や大地震など、大きな出来事が起きて、生活の先行きが不安になったとき、とりあえず手元に在庫を持っておきたいという消費者心理が働いたからではないか。トイレットペーパーも、やはりなくては困る必需品の一つである。

 スーパーもドラッグストアも、買占めとか買いだめは商売上、迷惑なことである。トイレットペーパーもコメも消費量が増えたわけではない。当面の生活の不安から必需品の家庭内在庫を消費者が増やしただけのことである。

 生活不安が解消したり薄れたりしたとき、消費者は在庫品の消費に回り、新たに購入しなくなる。つまり、需要が先食いされただけで、購買行動は止まってしまう。コメは、3月に入ってから売れ行きがぱったり止まり、卸業者やスーパーは在庫の山を抱えて困っているという。

 ニセ情報に踊らされたり、当面の不安にかられたりして、生活必需品を買占めることは、消費者のとるべき行動ではないように思える。結果的には買占めをする必要はなかったのに、みんなが買占めに走ったために、みんなが困った。でも、「買い占める必要はない」と大きな声で叫べば叫ぶほど、消費者は「ほかの人もみんな、必要だと思って買いだめに走っているのか。商品がなくならないうちに、私も買っておこう」という思いを募らせ、むしろ仮需を刺激してしまい逆効果である。

 この手の話は、よしあしの話ではない。個々の人間にとって、合理的な行動かどうか検証しなければならない。マスクやトイレットペーパー、それにコメなど、買占め騒ぎが起きているのに、「私は踊らされない」として静観していたとする。ところが、実際に自分の手元の在庫がなくなったとき、買いに行っても店頭に商品がなく困ってしまう。「正しい行動」は、自分にマイナスになってしまう。

 ウソだろうが何だろうが、その真偽を確かめることなく、みんながドラッグストアに並んでいるときには、当面は必要なくても、いずれ必要になる商品については、みんなに同調して買いだめして在庫を確保しておいた方が、あとあと慌てなくて済む。「買占め」は個人としては、極めて合理的な判断と言えるのである。


murata_colum156_4.jpg しかしながら、個々人にとって合理的な判断であっても、社会全体としては不合理な事態を招いてしまう。こういう事例はよくある。たとえば消費。個々の家計や個人の懐事情からすれば、節約すること合理的である。しかし、国民のみんなが節約してしまうと、社会全体の需要は冷え込み、経済活動が停滞するという不合理な事態を招いてしまう。


 コメの場合、過去の2つの事例では、生産者にとって困ったことが起きている。買占めが起きた後、落ちたコメの消費量が元に戻らなかったのである。「コメ離れ」を加速させた理由はわからない。今回もそうならないことを願うのだが、年度末の3月末を迎えて米価が下がっているのが気にかかる。(2020年3月23日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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