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2020年2月21日
ご都合主義の食料自給率
ジャーナリスト 村田 泰夫
5年に一度改定される「基本計画」で、食料自給率目標の設定が見直される。畜産物の自給率を計算する際、輸入飼料を反映しない産出段階の自給率を表記することにする。これまでの畜産の自給率目標は、厳密な国内生産を把握するため、輸入される飼料で生産された畜産物は、国産とは見なしていなかった。
生産(飼養)している場所が日本国内であっても、生産された畜産物のエサが外国産だと、輸入飼料を国内で畜産物に加工しただけだとも言える。厳密には国産とは言えない。確かにそうなのであるが、輸入飼料で畜産物を生産している畜産農家の努力は、自給率にまったく反映されないことになる。国内の畜産農家の頑張りを反映すべきではないかという考え方から、輸入飼料で生産した畜産物も国産とみなす自給率を公表することにした。
なるほどと思う。私たち消費者がスーパーなどで、国産の銘柄にこだわって豚肉や牛肉を買っても、その畜産物を生産するエサが外国産であることが多いから、国産の畜産物を買ったことにカウントされない。それが、エサが外国産でも、国内で飼育・生産された畜産物であれば「国産」とカウントされるようになれば、消費者が意識的に国内産を購入しようとする実感が素直に反映されることになる。
農水省の資料にはこうある。「手塩にかけて育てたのに、使ったエサで国産にカウントされないのか」と生産者は嘆き、一方の消費者は「お店には国産品もよく見かけるのに、意外に自給率は低いのね」とがっかりする問題が、従来の自給率にはあったという。確かに、飼料自給率を反映した自給率には、そうした弱みがあった。
厳密に言うと、農林水産省は2017年度から参考値として「輸入飼料を反映しない食料自給率」を提示してきた。それを、新しい食料・農業・農村基本計画では、きちんとした目標として掲げようというわけだ。
現行の飼料自給率を反映した畜産物の食料自給率(現行)は、次のように算出される。
●カロリーベース
国内畜産物生産量 × 単位カロリー × 飼料自給率
●生産額ベース
国内畜産物生産量 × 国産単価 - 飼料輸入額
農水省によると、2018年度の日本の畜産物のカロリーベースの自給率(飼料自給率を反映)は、たったの15%に過ぎない。生産額ベースでも56%だ。国内の畜産農家の頑張りをあらわすため、飼料自給率を反映しないで計算すると、畜産物のカロリーベース自給率は62%に跳ね上がる。生産額ベースでも68%に上がる。
個別の畜産物のカロリーベースの自給率をみると、その違和感は広がる。牛肉の輸入飼料を反映した自給率はたったの11%だが、飼料自給率を反映しないと43%。豚肉は、飼料自給率を反映するとわずか6%だが、反映しないと48%。タマゴは、飼料自給率を反映すると12%だが、反映しないと96%だ。私たちがスーパーで見かけるタマゴは、ほぼ100%が国産であるが、その自給率が12%しかないと言われると、やはり首をひねりたくなる。
スーパーの肉売り場をのぞいてみると、「6割以上が国産」というのが実感であろう。米国産牛肉やカナダ産豚肉も見かけるが、国産が多い。でも、その国産の肉の生産に使われるエサが外国産だという理由で、「自給率は15%しかない」と言われると、消費者の実感とはかけ離れた印象を抱かざるを得ない。
食料自給率について、さまざまな考え方が出てきたことはいいことだ。20年余り前、現行の食料・農業・農村基本法の制定論議のとき、農業界はカロリーベースの食料自給率目標の設定とその向上にこだわった。カロリーベースで計算すると、自給率が低く出る。食料生産のためにもっと予算を増やすべきだという農業団体の主張を裏付けるには都合がよかったのだ。
私たちは「食料自給率は、高ければ高いほどいい」と思いがちである。「2018年の食料自給率は37%しかない」と聞くと、「食料の輸入が止まったら、6割の人が飢えてしまう」と誤解してしまう。現在の自給率は、飽食の食生活を反映した結果であり、食料輸入が止まったからといって6割の人が飢えるわけではない。北朝鮮の自給率は、おそらく100%であろう。国にお金がなくて食料が輸入できないからである。自給率が高いからといって北朝鮮の人々の食生活が豊かなわけではない。餓死者の発生が伝えられることもある。
最近、自民党の農林族の中に「カロリーベースの自給率を見直すべきだ」という意見が一部に出てきたという。いくら努力しても、自給率は下がる一方だ。国は努力していないと生産者や消費者に思われ、選挙にマイナスに働くからだという。
今回の農水省の畜産物の自給率の見直しが、そんな自民党内の一部の動きとは関係ないと信じたい。そもそも、食料自給率とは生産や消費動向の結果であり、政策目標に掲げること自体が間違っている。ご都合主義は排したい。(2020年2月21日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。