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ぐるり農政【152】

2019年11月22日

日本と米国の農業予算

ジャーナリスト 村田 泰夫

 
 フェイクニュースという言葉は、米国にトランプ大統領が誕生してから、毎日のように見聞きするようになった。大統領は「私を陥れるために、ウソのニュースをマスコミが流している」と攻撃しているのだが、はたからは、当のトランプ氏がフェイクニュースを乱発しているように見えて、滑稽ですらある。


murata_colum152_3.jpg 日本の農業界発のニュースにも、フェイクニュースが目立ち、嘆かわしく思っている。その一つが、農業の業界紙に載っていた「国連の小農宣言を無視して規模拡大をめざす日本農政は、世界の流れに逆行している」という解説記事である。2018年12月に採択された「小農宣言」は、正式には「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」で、主に開発途上国の小農(peasant)の人権保護を目的とした宣言である。


 小農宣言で「小農」と訳されている原語はpeasantで、日本語では小農のほかに、農奴とか小作人と訳されることもあるが、南米のアマゾンやアフリカの先住民族や、南アジアで細々と耕作している自給的農家をイメージすると、その真意に近い。彼らの農地を取り上げて大規模なプランテーションを開発する産業資本に、くぎを刺すのが小農宣言の一つのねらいであり、小農の人権を守れというのが趣旨である。ここでいう小農は、兼業収入で経済的に豊かな日本の小規模農家を指すものではない。

 日本農業を守れという思いが強く、記事を書いた人は国連の宣言を都合のいいように解釈したのだろう。それを牽強付会というが、「よくあることだ」とやりすごしていたら、今度は「安倍首相はトランプ米大統領を見習ったらどうか」という論説記事が目に止まった。「何のことだろう」と思ったら、農業予算のことだった。


 論説記事の趣旨はこうだ――。農業生産額に対する農業予算の割合(2005年)をみると、日本が27%、米国は65%であり、米国農民は日本農民よりも2.4倍の財政支援を受けている。(略)日本の101.4兆円の国家予算のうち、農水予算は2.4兆円なので、米国並みにするには、この2.4倍である5.8兆円が必要である。米国農民は日本より多い国の援助を得て生産に励み、余剰農産物が出れば大統領が支援してくれる。安倍首相に問いたい。(略)トランプが自国の農民を支援する姿勢を見て、貴殿も見習ってはどうか。

murata_colum152_2.jpg このフェイクニュースには、びっくりである。こんな事実誤認の記事が、堂々と掲載されること自体が驚きである。米国の農業予算が大きいことは、知られている事実である。米国農務省の予算には、低所得者向けに支給される食料購入補助費が盛り込まれているので、膨大になる。日本の農水省の予算に、生活保護の予算が上乗せされているようなものだ。

 この食料購入補助制度は、かつて「フードスタンプ」と呼ばれていたが、現在はSNAP(補助的栄養支援プログラム)と言われる。歴史は古く1960年代に始まり、2018年9月時点での対象者は約3860万人にのぼる。米国民の8人に1人が受給している勘定だ。


 少し古い統計だが、2012年の米国農務省の予算規模1450億ドルのうち、SNAPを含む義務的経費は1170億ドルにのぼる。農政などに使われる裁量的予算は280億ドル(約3兆円)にとどまる。2014年農業法の歳出予測の約8割を「栄養プログラム」が占めている。

 日本の農業予算と比較するなら、米国農務省予算からSNAP関係予算を差し引かないといけない。米国の農業予算の約8割を占めるSNAPを除いたら、米国農務省の予算は、かなりスリムになる。日本の2.4倍にはなるまい。

 農業生産額に対する農業予算の割合は、米国と日本との間で差がほとんどないか、もしかしたら、米国の方が少ないかもしれない。安倍首相が米国のトランプ政権を見習ったら、日本の農水省予算が減ってしまうことになりかねない。


murata_colum152_1.jpg 農業政策の遂行に予算は欠かせないのは言うまでもない。たとえば、日本農業の体質を強化するためには、さまざまな研究費が必要である。生産性を向上させるためには、農業基盤を整備しなければならない。新規就農者の参入を促すには、初期投資を支援しなければならない。農業者の努力ではどうにもならない生産力格差については、財政で支援する必要がある。農村コミュニティの維持という地域政策も、政府の大事な役割である。

 農業者の創意・工夫を促し支援する農政に必要な予算はきちんと確保すべきだし、何よりも食料の安定供給は、国の大切な責務である。そのために必要な予算は十分確保されるべきである。でも、「農業は弱い産業だから、たくさん予算をつけて守るべきだ」という考え方には、首をかしげる。


 年末にかけて、政府の来年度予算案作りが本格化する。農水省の予算額は、縮小傾向にある。TPP(環太平洋経済連携)協定、日欧EPA(経済連携)協定、日米貿易協定など、相次いで国内市場が開放されているのに、「国内対策費が少ない」というフラストレーションが農業界に溜まっているのだろう。農業団体が農業予算を増やせと叫ぶ気持ちは理解できる。しかし、フェイクニュースをもとにしたキャンペーンに説得力はない。(2019年11月21日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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