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2019年9月24日
「リブラ」が世界を変える
ジャーナリスト 村田 泰夫
「変化のスピードは予測がつかないほど速い」。前回、中国で広がっている「スマホ銀行」の余波で「銀行がなくなる日も近い」という話を紹介したが、そんなことで驚いていられない。もっとすごいことが起きるかもしれないのだ。米国のフェイスブックが2020年に発行を計画している「リブラ」というデジタル通貨は、世界の経済を変えてしまうほど衝撃的なのだ。
GAFA(ガーファ)という言葉は、もうほとんどの人に知られるようになった。グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コムの米国ネット大手4社のことだ。このガーファ4社の税引き前利益は2018年で15兆円にのぼるというから、今や世界の産業界は、この4社に牛耳られていると言っても過言ではない。
私自身の生活でも、調べものはアップルのスマホを開き、グーグルの検索サイトで済ませている。また、本や小さな家電製品はアマゾンにネットで注文し配達してもらっている。町から本屋さんがなくなるとか、宅配便の需要が増えて運転手が足りなくなって配達料が上がるといった「副作用」は起きているが、個人的には極めて便利で、仕事の効率も上がり時間の節約にもなっている。
そこに今度は、ガーファの一つ、フェイスブックがデジタル通貨を発行するというニュースが飛び込んできた。世界中で使える国際通貨で、通貨の名称はLibra(リブラ)だという。現在、基軸通貨といわれている米国のドルに代わる通貨となることをめざしている。
リブラは銀行を通さずに、スマホで送金や決済ができるというのが最大の特徴だ。個人間の送金はもちろん、物を買った時の代金の決済に、送金手数料なしで使える。外国への送金にも手数料が要らないので、使い勝手がいい。
フェイスブックによると、28の民間企業と団体で「リブラ協会」を結成し、ここがリブラというデジタル通貨を発行する。ある個人が100万円でリブラを買う(換金する)と、その時点での交換レートに従って、たとえば1リブラ=100円だとすれば、1万リブラが、その人のスマホの中の財布に入金される。リブラに利子はつかない。
その人が、ネットで買い物をしたり、タクシーに乗ったりした時の代金は、スマホのリブラで決済できる。リブラ協会にはビザやマスターカードといった大手クレジット会社や、配車サービス会社、音楽配信会社などがメンバーになっているので、利用者は代金決済をスムーズに済ませられる。いずれは飲食店やスーパーなどでの支払いにも使えるようにする。つまり、これまでの通貨と変わらない機能を持つようになる。
これまで私たちは、銀行に口座を開き、その通帳にお金を預けておき、そこから子供や親に仕送りをしたり、ネットで買ったものやクレジットカードの支払いの決済に使っていたりした。それで何の不自由もないのだが、これから世の中がもっとグローバル化し、国境を超えたお金のやり取りが増えると、従来の方式では手続きが面倒になる。フェイスブックによると、国境を越えた送金の手数料は現在では7%にのぼるという。リブラだと手数料ゼロで世界のどこにでも送金できる。
私たちが海外旅行をするとき、自国の通貨つまり「円」を、旅行先の国の通貨に両替して、お土産を買ったりレストランで支払ったりする。リブラは国際通貨だから、両替する必要がない。ということは両替の手数料を負担することなく、さまざまな決済に使える。
デジタル通貨というと、ビットコインといった「仮想通貨」(暗号資産)を連想する。しかし、リブラはドルなど裏付けのある資産で担保され、仮想通貨とは違う。リブラを運営するリブラ協会は、リブラと交換したドルやユーロ、円といった通貨で運用したり、信用度の高い国債などを買ったりする。その利息収入を、リブラ協会は運営資金とする。
リブラはドルやユーロ、円など主要国の通貨のバスケット通貨なので、その価値は相場によって変動はするが、仮想通貨のように投機的な乱高下はしない。国際デジタル通貨であるリブラが発行されれば、とくに金融システムが整備されていない開発途上国や、経済が不安定で高インフレ国には、安定した国際通貨として一気に普及するかもしれない。
いいことづくめだが、「副作用」がある。既存のドルやユーロ、円といった自国通貨の信認のために膨大なコストを払っている米国、EU(欧州連合)、日本といった政府やその中央銀行の機能が空洞化する恐れがある。それぞれの国や中央銀行は、自国通貨の金利を操作することで経済政策を運営してきた。それがリブラに取って代わられると、なすすべがなくなる。
しかも、リブラには利息が付かず、集めた実物通貨で運用するリブラ協会は膨大な運用利益を独り占めするのだから、フェイスブックの利益は計り知れないほど膨らむ。中国政府も「元」を国際デジタル通貨にしようという構想を持っている。私たちが知らない間に、世界の経済システムは、ガーファを始め一部の企業に乗っ取られようとしている。(2019年9月24日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。