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ぐるり農政【149】

2019年8月23日

銀行がなくなる?

ジャーナリスト 村田 泰夫


 世の中の変化は、避けられない。そんなことは、わかっているつもりだ。しかし、変化のスピードは予測がつかないほど速い。そんなことを痛感したのは、「中国でスマホ銀行が席巻している」というニュースを新聞で読んだ時だ。「銀行がなくなる日も近い」と思わせるニュースで、率直に驚いた。


murata_colum149_3.jpg 「スマホ銀行」とは、預金や送金などの銀行機能をスマートフォンで済ますことだ。私たちはすでに、ネットバンキング・サービスを使ってパソコンやスマホで通信販売や公共料金の支払い代金を振り込んでいる。昔は銀行の支店に出向き、振込用紙に記入し現金を支払っていたから、「最近は便利になった」と思っていた。


 中国ではスマホ決済が普及していることは知られている。屋台でソバを注文するときも、スマホの画面をQRコードにかざして決済する。お寺での「おさい銭」もQRコードをかざす。キャッシュレスが進んでいるのだ。中国のスマホ銀行は、そんなレベルを超えるすごいことをやってのけてしまう。

 ネット通販での支払いは当然のこと、公共料金の支払い、飲食店やスーパーでの支払い、個人間のお金の送金、ネット通販などスマホ決済が進んでいるため、中国では個人の信用情報が大量に蓄積されている。決済が滞ればブラックリストに載る。それらの信用情報を活用すれば、特定の個人の信用力を判定することができる。つまり、スマホ決済の状況を見るだけで、その人の信用力を判定し、融資額や金利を決めることができる。


 中国でそんなスマホ銀行を運営しているのは、インターネット大手のアリババと、SNS(交流サイト)大手のテンセントだそうだ。アリババがどんな会社かというと、米国のアマゾン、日本では楽天のような通信販売サイトを運営する会社で、もともとは銀行ではない。そのアリババが、中国の金融地図を一変させているという。「年3000兆円近いスマートフォン決済の膨大な情報と人工知能(AI)を使い貸し付けの判断を下す」(2019年8月10日付日本経済新聞)。融資対象は、すでに1億人を超えているというから、すごい。

 融資手続きは「3・1・0」だそうだ。借り手が必要事項を入力するのに3分、審査はAIが1秒ですませ、人手は0だという。SNS大手のテンセントは、決済履歴に加え、SNSの内容や電話の通話記録をAIで解析し、融資の可否を判断している。個人の交友関係まで探られ、それが融資の可否につながる。そこまで行くと、「便利」だとか「進歩」というより、私は「怖い」という思いが強く出てしまうが、中国ではそこまで行きついてしまっているのだ。


murata_colum149_2.jpg 幸か不幸か、日本では、そこまで行っていない。キャッシュレス化が中国ほど進んでいないからだ。政府は日本でキャッシュレス化を一気に進めたい考えだ。10月1日からの消費税引き上げを機会に、クレジットカードやスマホ決済を利用すれば、料金の5%を還元するサービスを始める。キャッシュレスの方がお得ですよとして、カードやQRコード決済をもっと使うように誘導しようというのだ。

 キャッシュレス化が進んで、現金を持ち歩くことが減れば、銀行のATM(現金自動預け払い機)を使う機会も減る。三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行などのメガバンクが、行員の数を減らすリストラに取り組むのは、こうした世の中の流れと無縁ではない。

 「銀行がリストラ」というニュース自体、私には驚きである。今から40数年前、大学を卒業し、どこに就職するか同級生らと話をすれば、銀行など金融機関はダントツの人気だった。そんな昔ではなく、わずか10年前まで、メガバンクは就職企業人気ランキングの上位に顔を出していた。それが今や、トップ10に入らないのはもちろん、東大生や京大生にとっては「滑り止めでもない」そうだ。三菱商事、三井物産、伊藤忠などの総合商社の人気も下がっているという。


murata_colum149_1.jpg ではどこが人気なのだろうか。IT(情報技術)産業なのだそうだ。それもアマゾン、グーグル、マイクロソフトなど外資系のIT産業である。さらに、アクセンチュア、ボストンコンサルティング、マッキンゼー、野村総合研究所などコンサルティング会社の人気が急上昇している。「待遇がいい」ということもあるが、コンサルティング会社で経験を積み、さらに上位の企業に転職したり、みずから起業したりすることを見据えてのことではないかという。

 大卒者の就職希望先の人気の推移を見ると、時代の変化を知ることができる。スマホ銀行が普及したり、キャッシュレス化がさらに進んだりすると、銀行の影は本当に薄くなってしまうかもしれない。


 世の中の変化のスピードは驚くほど速い。コンビニや携帯電話(スマホ)が、日本だけでなく世界の社会を激変させた。「ジジババの雑貨店を駆逐する」として、当初、冷ややかに見られていたコンビニは、今や地域になくてはならないインフラの地位を確立している。スマホは、携帯する電話機という機能を超えて、高速ネット通信の高度化とともに、私たちの暮らしを激変させた。ボーッと生きていられない。(2019年8月23日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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