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ぐるり農政【148】

2019年7月24日

ゲノム編集食品

ジャーナリスト 村田 泰夫


 ゲノム編集された食品が、早ければ年内にも市場に出回る見込みだ。ゲノム編集された食品とはどんなものなのか。遺伝子組み換え食品とどう違うのか。国は「安全性に問題ない」という立場だが、多くの消費者は不安に思うことだろう。

 最近の報道によると、食品メーカーに対して国への届け出は必要とするが、届けなくても罰則はなく、食品に表示する義務もいらないことになりそうだ。食品売場で手にする際、ゲノム編集食品なのかどうか、消費者にはわからないことになる。
 消費者団体には「せめて表示の義務化」を求める声が強い。なぜ義務化が見送られるのだろう。なぞだらけのゲノム編集食品のイロハについて、追ってみた。


murata_colum148_1.jpg そもそも「ゲノム」とは何か。生き物が生きていくのに必要な遺伝情報のセットのことだ。DNAという分子でできた生き物の設計図と思えばいい。生き物には親から子に伝える遺伝子がある。この遺伝子があるから、ヒトやアサガオなどの動植物の親・種子から、同じ資質を持った子どもや同じ色のアサガオの花が咲く。


 おいしいコメが食べたい。サシの入った柔らかい牛肉が欲しい。私たち人間は、どん欲に考えて、優れた資質を持つ穀物や家畜を生み出してきた。「桃太郎」というブランドのトマトをご存知だろうか。甘くて味がいいトマトと、実の皮の硬いトマトをかけ合わせ、完熟しても皮が破れにくいトマトで、日本のタキイ種苗という種苗会社が開発した。性質の違うトマトを受粉させて作るので「育種」と呼ぶ。

 「育種」ではなく「突然変異」を見つけて、私たち人間に有用な穀物や家畜を見つけることもある。突然変異とは、ゲノムの遺伝情報を構成するDNAが何らかの刺激で切れて、つなぎ戻される際に、それまでとは異なる資質を持つ生き物が生まれることをいう。自然界では紫外線や放射線がDNAを切って、遺伝情報を変化させることがある。突然変異の中から、味がいいとか収量が多いとか、人間が有用だと思う種子を選び出し増殖させたものを、いま私たちが食べている。


 偶然の突然変異に頼るのではなく、求める資質の突然変異を人工的に作れないものか。科学の発達で、ゲノムの遺伝情報の解読が進んで、どの遺伝子がどのような役割を果たしているか、わかるようになった。特定の位置にあるDNAを人為的に改変すれば、狙った資質を持つ品種を開発することができる。このように、特定のDNAを思い通りに改変することをゲノム編集と呼ぶ。


murata_colum148_2.jpg ゲノム編集食品の国産第1号になると言われているのが、筑波大の江面浩教授が開発した「GABA(ギャバ)という成分が通常の4~5倍含まれるミニトマト」だ。GABAは血圧の上昇を抑える効果があるという。

 他の研究機関では、収量の多いイネ、芽に毒のないジャガイモ、身の多いマダイなどの開発が進められている。これまで、長い年月をかけて開発されてきた新品種の開発が、ゲノム編集によって一気にスピードアップされる。しかも、こんな食品があったらいいなと思う食品の開発だって、ゲノム編集技術を生かせば夢ではない。実際、外国の種苗会社もこぞって研究開発に力を入れ始めている。

 とはいえ、人間の口に入れる食品である。遺伝子情報(ゲノム)を編集するとは、いじくることだ。安全性に不安の残る「遺伝子組み換え」と何が違うのか。ゲノム編集技術を使う際、DNAの狙った部分を切るだけの場合と、切り取ったところに別の遺伝子を挿入する場合もある。別の遺伝子が挿入されたものは「遺伝子組み換え食品」である。


murata_colum148_3.jpg 一方、DNAを切っただけの食品は、突然変異で生まれた食品と区別できない。ゲノム編集食品の安全性を検討してきた厚生労働省は「遺伝子組み換え食品とは言えず、自然発生した突然変異と同じだから、安全性審査は不要」との判断をした。これを受け消費者庁も2019年6月、「表示の義務化は困難」との見解を示した。「ゲノム編集による変異なのか自然界の突然変異なのか、現在の技術では見分けられず、仮に表示義務を課しても違反かどうか見抜くことができないからだ」という。

 検査してもわからないのであれば、表示の義務化が難しいという「論理」はわかる。だが、ゲノム編集技術は、未知の部分が残る新しい技術である。食品の安全性に疑念が出た際に対応できないのでは、後世に禍根を残す。どこで生産、加工されたものかわからない食品は、今の世の中ではない。メーカーに対して、ゲノム編集で開発したものかどうか、任意ではなく届け出義務を課すことはできるはず。届け出を怠れば、調べればわかる。


 表示についても、消費者の立場から考えれば、義務化するのは当然であろう。「遺伝子組み換え食品」も、国が安全だとのお墨付きを与えているから、流通し、市場に出回っている。ゲノム編集食品も同じである。それを購入するかどうか、消費者に選択できる道を残しておかなければなければならない。その食品が社会に受け入れられるかどうか、最終的には消費者の選択にゆだねるしかない。(2019年7月22日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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