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2019年4月23日
AIは農業の仕事を奪うのか
ジャーナリスト 村田 泰夫
「AIが人間の仕事を奪う」。顔認証AIで人ごみの中から指名手配の男を見つけ出す。アルファ碁が世界最強の碁の名人を打ち負かす。こんな話を聞くと、私の仕事もAIに奪われる日が近いのではないか。そう心配するのもわかる。
AIとは、Artificial Intelligenceの頭文字で、「人工知能」のこと。「AIが人間の仕事を奪う」と予測したのは、オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授で、「今後10~20年のうちに、人間の仕事の47%がAIに代替される」と予言した。今から5年も前の2014年のことだ。その後のAIの技術開発のスピードを見ると、「もしかしたら本当かも」と懸念するのも無理はない。
そもそもAIとは何か。人間の知的活動をコンピューターで行うことである。コンピューターはいまでこそコンピューターで通じるが、以前、「電子計算機」という日本語訳をつけていたことでわかるように、要するに計算機だ。情報やデータを数値化し、すばやく計算して回答を出すのがコンピューターなのだ。
人間に置き換えると、人間の目や耳などの知覚で得る情報は、AIでは機器に取り付けられたセンサーがその役割を担う。センサーで集められた情報は、大量に貯められたビッグデータに照らし合わせて一つの回答を示す。ビッグデータは記憶できる脳に相当する。回答は電気信号に変換され、ロボットのモーターを回してアームを動かしたり、合成音声の出力スイッチを押したりして、人間の手足や声の代わりを務める。
AIは人工知能とはいえ計算機であるから、数式に置き換えられないと、正しい回答を出せない。気まぐれな人間の感情を予測することは現時点では難しい。一方、数式に置き換えられる事柄は、人間の能力をはるかに超える作業をこなすことができる。
AIの碁や将棋が強いのは、ゲームのルールが単純明快で例外がないからだ。何万、何十万という対局の一部始終をAIに覚えさせてあるから、終局(勝負がついた時点)からさかのぼって、現時点で打つべき最適の一手を指し示すことができる。人間の脳には記憶する容量に限界があるが、AIには限界がないし、24時間疲れを知らずに動き続けられる。しかも、計算(問題処理)のスピードが速いのが強みだ。1秒間に何億回も計算するというのだから、碁、将棋の名人といえどもかなわない。
さて、農業でAIは何ができるのだろうか。AIを活用した農業生産方式を「スマート農業」と呼ぶが、その研究開発は進んでいる。すでに一部は実用段階にある。たとえば、自動運転のトラクター、田植え機。ドローンを使った農薬や化学肥料の散布も実用化されている。もっと複雑で高度な作業も、AIの活用で可能となる。たとえば、赤く熟したトマトやイチゴがどこにあるかをカメラやセンサーで特定し、その熟した実のみを採取する収穫ロボットだ。
ひょっとしたら、人間の作業より的確で速いかもしれない。となると、人間はいらなくなるのだろうか。作業スピードが速くなったり重労働が軽減されたりして、経営の効率化は図れるだろう。スマート農業導入の目的の一つに「高齢化の進展や担い手不足に対応するため」がある。AIの導入で農作業をする人の労力は軽くなり、人の数は減らすことができるかもしれない。
でも、人が要らなくなるかというと、どうだろう。農作業は極めて創造的な作業のかたまりである。たとえばイネや野菜の種子をまいて育て収穫する。水の管理や移植、収穫は機械で代替できるかもしれないが、生育管理の判断にかかわる部分は、やはり経験豊かな人間の知能の方が、現時点では勝る。生き物である動物を飼育する畜産の分野では、さまざまな状況を瞬時に判断する人間なくして、飼育はできない。
農業分野では、人間のできることを機械に代わりにやってもらう作業の省力化・効率化がAIによって加速度的に進むだろう。しかし、野菜栽培や家畜飼育の完全無人化は見通せない。AIで店員の仕事が様変わりすると言われるコンビニでさえ、店員が要らなくなるという話は聞かない。お客との定型的な対話は客が操作するタブレットやAIロボットで、代金のやり取りや精算は無人精算機などがこなし、店員はやらなくて済むだろう。しかし、棚からなくなった商品を補充するとか、お客の目を引くため、イラストを手書きするポップ広告の作成は、AIにはできない。
「できないと思われていたことが、できるようになる」のがAIだという人もいる。「シンギュラリティ―」という言葉がある。米国の未来学者レイ・カーツワイルが予言した言葉で、「2045年ごろ、人間の知能をはるかに超えた高度な知性を備えたAIが登場する」という。あと四半世紀後だ。日本語では「技術的特異点」と言うそうで、じわじわ進んできた変化が、ある時点を境に爆発的に進化する臨界点のことだ。
シンギュラリティ―が起き、人間の知能をしのぐAIが登場した社会は、まるでSF映画のような社会なのかもしれない。SFはサイエンス・フィクション、まさに非現実的な空想物語の社会である。そんな時代の農業の姿はどうなっているのか。今の時点で想像することはもちろん、空想することすらできない。(2019年4月22日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。