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2018年12月25日
国連の「家族農業の10年」
ジャーナリスト 村田 泰夫
2019年から2028年までの10年間を「家族農業の10年」と定めることが、17年12月の国連総会で採択された。1年前に決まっていたのだが、最近になって、その意義を強調する動きがわが国の農業界に出てきた。国連が家族農業の重要性を強調する本当のねらいを知って、日本農政のあり方を考えたいものである。
そもそも「家族農業」とはどういうものなのだろうか。農林水産省のホームページに的確な解説が載っているので転載してみよう。
『国連食糧農業機関(FAO)によると、家族農業は、開発途上国、先進国ともに、食料生産によって主要な農業形態(世界の食料生産額の8割以上を占める)となっており、社会経済や環境、文化といった側面で重要な役割を担っています。また、彼らは地域のネットワークや文化の中に組み込まれており、多くの農業・非農業の雇用を創出しています。世界では、8.2億人が依然として飢餓に苦しみ、また、極端な貧困層の8割近くが農村地域で暮らし、農業に従事しています。このため、農村地域の開発と持続可能な農業に対する資源の投入や、小規模農業、特に女性農業者への支援が、とりわけ農民の生活を改善し、すべての形態の貧困を終わらせる鍵となっています。』(農林水産省ホームページ 国連「家族農業の10年」(2019-2028))より
家族農業は世界の食料安全保障と貧困撲滅に大きな役割を果たしているので、各国とも家族農業を守る施策を進め、その経験を他国と共有するとともに、FAOなどの国際機関は各国の活動計画の策定・展開を先導する。これが、国連が「家族農業の10年」を制定したねらいである。
国連は14年を「国連家族農業年」として、同じ趣旨で運動を各国に呼びかけた。今回の「10年」は、その運動を長い期間にわたって盛り上げようとするものである。なぜ国連は「家族農業」に思い入れがあるのだろうか。とくに飢餓と貧困が集中するアフリカや南アジアで、悲劇をなくそうとすれば、小規模農業や家族農業を守り維持するしかないという確信を抱いているからである。
家族農業を中心とする小規模農業は、農業生産という点では効率が悪いかもしれないが、商品経済にどっぷりつかっていないだけに、経営に持続性が高い。つまり、もうからなくても農業を続けていける。しかも、家族で農業を営むということは、生命を維持する食料を最低限自給できるという側面がある。また、地域社会に住み続けることで、耕作や畜産という生業と密接にかかわる伝統や文化の継承者の役割を果たしている。
アフリカや南アジアで飢餓人口が発生する理由は、さまざまであるが、その国の大資本や多国籍企業による農業開発がかかわっていることがある。たとえば、南アジアやアフリカでのパーム油脂やゴム、コーヒーなど商品作物の大規模プランテーションの開発であったり、南米での肉牛生産のための大規模牧場の開発であったりする。そうした事例の中には、小規模農業を営んでいた先住民の農地が取り上げられ、それが飢餓や貧困の原因となっていることも少なくない。とくに途上国では、大資本による農業開発から家族農業を守る重要性があるのである。
ひるがえって、先進諸国で家族農業はどの程度いるのだろう。農水省によれば、日本では、約138万農業経営体のうち家族経営体は134万で、割合にすると98%(15年)にのぼる。欧米諸国でもおしなべて高く、米国では99%(15年)、欧州連合(EU)では96%(13年)である。特に米国での農業経営の規模は、日本と比べ約100倍も大きく、法人化しているところも多いが、経営形態としては家族農業なのである。
日本においても、農業経営の規模拡大は着実に進んでいる。家族が労力の中心を担いながらも、若干名の農業就業者やパートを雇い、億単位の売上高のある農業経営体が、経営効率や経理上の公正さを求めて、法人化するところが出てきている。こうした農業経営体について、「法人化しているから家族農業ではない」と決めつけることはできない。また、家族農業は小規模経営だというのも、思い込みである。
日本でも、企業による農業参入の事例が増えてきた。09年の農地法の改正で、どんな企業でも、農地を借りる方式なら自由に参入できるようになった。改正後から16年12月末までの間に、2676法人がリース方式で参入した。とはいえ、農業経営体に占める割合はわずかだし、参入した企業が大規模経営を展開しているわけでもない。
家族経営の割合が98%も占める日本で、農業団体の中に「家族農業の価値と役割を再評価せよ」という声が出ているのはどういうわけだろう。途上国の小規模農業の価値と役割を評価せよというのなら、その通りだと思うが、日本で企業の農業参入を阻止して小規模農業を守れという主張だとすれば違和感がある。「規模拡大」や「法人化」を訴える農水省の農政に不満があるのだろうか。
現行の農政の掲げる「規模拡大」や「法人化」は、小規模な家族農業がじり貧とならないように、もっと利益を出して元気が出るように支援する政策である。家族農業を発展させようとするもので、家族農業を否定する政策ではない。(2018年12月21日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。