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ぐるり農政【136】

2018年7月25日

農山村にはお宝が眠っている

ジャーナリスト 村田 泰夫


 「動き出した農泊」を平成29年度の農業白書が取り上げている。農泊とは、農山漁村に泊まって、日本ならではの伝統的な生活体験と、農山漁村の人々との交流を楽しむ農山漁村滞在型旅行をいうそうだ。

 ちゃんとした旅館や民宿だけでなく普通の農家に泊めてもらうなど、形はいろいろある。政府は、農泊をビジネスとして実施できる体制を持った地域を、2020年までに全国に500地域作り出すことを目標としている。農山漁村の人々の所得向上と地域の活性化が目的である。


murata_colum136_3.jpg 近年、地方都市のみならず、へき地と言われる日本の田舎で、外国人旅行者を見かけて驚くことがある。彼らはレンタカーではなく列車やバスなど公共交通機関を乗り継いで移動することが多い。

 どこで情報を仕入れて、交通の不便な田舎に来たのか、不思議に思うとともに感心する。しかも、田舎に来た理由がすごい。たとえば、日本人の間ですらさほど有名ではなく、ローカルでしか知られていない枝垂れサクラを見に来たり、古民家風の民宿での滞在を楽しんだりしている。古き良き日本人の「おもてなし」に満足しているふうでもある。

 外国人旅行者のみならず日本人旅行者を農山漁村に呼び込むためには、農泊の魅力を国の内外に、もっと発信すべきだと、白書は指摘する。その通りであろう。地域の食と、それを生み出す農林水産業をうりにして、外国人旅行者を中心とする観光客を誘致する取り組みは波及効果が大きいと思う。


 農水省は、地域の食材の特徴や歴史、食べ方、郷土料理や食文化などを、滞在しながら楽しむことのできる地域を「SAVOR(セイバー)JAPAN」として認定する制度を平成28年度からスタートさせた。海外向けに情報を発信し、郷土色豊かでおいしい日本食が食べられ、地域の食文化に触れる旅ができる地域として、これまでに全国で15地域を認定した。


murata_colum136_1.jpg セイバーJAPANを農水省は、日本語で「農泊・食文化海外発信地域」としているが、SAVORは「味わう」という意味なので、ホームページ上にある「日本の食と農を巡る旅」の方が訳としてはしっくりする。

 それはともかく、15地域をざっと見てみると、海外ブランド産に負けないチーズを作る「食と農の景勝地十勝協議会」、きりたんぽの「秋田犬ツーリズム」、へぎそばの「十日町食と農の景勝地推進委員会」、アユの「馬瀬地方自然公園づくり委員会」(岐阜県下呂市)、そば米雑炊の「そらの郷」(徳島県阿波地方)、さぬきうどんの「さぬきの農泊食文化海外発信地域推進協議会」、神楽料理の「フォレストピア高千穂郷ツーリズム協会」など、個性豊かなところばかりだ。海外の人でなくても、私たち日本人にとっても魅力的で、ぜひ訪れてみたいと思う。


 遊びに来た都会の人に対して、田舎の人はよくこう言う。「何にもないところによく来たねえ」。こんなセリフを聞いた人は、たくさんいることであろう。自分の住む地域を、何もなくてつまらないところだと地域の人は思い込んでいるのだ。

 ところが、田舎には魅力がいっぱいある。平成29(2017)年には外国人旅行者が2869万人も日本を訪れ、その延べ宿泊者数は7180万人泊になる。東京、大阪、名古屋の3大都市圏を除く地方の道県で宿泊した外国人旅行者は延べ3188万人泊で、いずれも過去最高を記録した。延べ宿泊者数の増加率を都道府県別に見ると、地方部での伸び率が極めて高い。2017年の場合、対前年増加率で、青森県が60%増、大分県が59%増、佐賀県と熊本県が52%増、岡山県が50%増と、5県で50%を超えた。秋田県、岩手県、福島県など東北地方でも40%を超え50%近い高い伸びを示した。

 また、訪日回数が多い旅行者ほど、訪問地に占める地方部の割合が上昇するという調査もある。1回目だと地方部を訪れる外国人旅行者は26%しかいないが、3回目以降の外国人旅行者は36%が地方部を訪れている。つまり、知れば知るほど日本の農山村や田舎の魅力にはまっているのではないか。


murata_colum136_2.jpg 政府は、東京オリンピックの開かれる2020年までに外国人旅行者を4000万人の大台に乗せ、地方部での延べ宿泊者数を7000万人泊とする野心的な計画を掲げている。農山村への外国人旅行者の増加は、私たち日本人にも「日本の田舎にはこんないいところがあったのだ」という魅力再発見の機会を与えることだろう。


 自然の中で受け継がれてきた農林水産業、多様性に富んだ豊かな自然環境、そのなりわいと密接にかかわってきた伝統的な文化など、日本の農山村には「お宝」がいっぱいある。地元の人たちはもちろん、同じ国に住んでいる私たち日本人ですら、その魅力の存在に気づいていないことがあるのではないか。「よそ者」を招き入れることで、改めて日本の農山村の魅力を認識する機会にしたい。(2018年7月23日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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