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2018年6月25日
農山村に仕事はないのか
ジャーナリスト 村田 泰夫
子どもの産まれる数が減って幼児向けの商品が売れなくなった。大学を受験する人が減って大学経営が厳しくなってきた。日本経済の当面の問題点は、高齢化や人口減少、労働力不足に起因していることが多い。農業界でも、農作業を担う人手不足が大問題になろうとしている。
もともと人口の母数の少ない農山村では、少子高齢化や人口減少の影響は、もろに表面化する。農山村での人口減少は、全国平均を超えるペースで進み、高齢化率(総人口に占める65歳以上の高齢者の比率)は、農山村の方が都市部より6~7ポイント上回る水準で推移している。たとえば、2015年の場合、農山村の高齢化率は31.2%で、都市部の24.5%より約6ポイント高い。
2017年度の食料・農業・農村白書によると、農山村の人口減少はさらなる人口減少を加速させると警鐘を鳴らしている。2015年までの5年間に、総農家数は37万戸減って216万戸に減少し、1農業集落の平均農家数は、17.6戸から15.1戸に減ったそうだ。
農家を含めた人口の減少は、商店や医療機関など生活関連施設の撤退や行政サービスの縮小をもたらす。また、お祭りが継続できなくなるなど、地域活動の縮小や地縁的つながりの希薄化をもたらす。生活の利便性の低下、就業機会の減少は、さらなる住民の減少を引き起こすことが懸念されるのである。
集落や地域社会での人口や世帯数の減少は、「スポンジ化」と呼ぶそうだ。人口密度が低くなって「すかすか」になって、まるでスポンジのようだからだ。そこで政府は、「小さな拠点」づくりを進めるという。行政機関の出張所や郵便局、診療所、道の駅、ガソリンスタンドなど、生活サービスの機能を集約した拠点を作ることで、生活関連施設や行政サービスを維持しようというわけである。
一方、市町村などの自治体が進めようとしているのが、「就業機会の創出」である。就業機会を作る方策にはいろいろある。これまで、ほとんどの自治体が取り組んできたのが、企業誘致である。手っ取り早く「生活を維持できる仕事=収入」を確保することができる。さらに、公共事業の誘致も、完成までの期間限定という弱点はあるが、生活を維持できる仕事=収入を確保できる。
企業誘致や公共事業を地域振興策の手段として有効であろう。しかしながら、外部資本に頼る地域振興策には、持続性という点で限界があることを知らなければならない。
2017年7月から施行されている「農村産業法」をご存じだろうか。高度成長期において、農村での工場立地を促進するため1971年に制定された「農村地域工業等導入促進法」(農工法)と呼ばれていた法律を改正、衣替えしたものである。農村地域で就業機会を創出するため、立地を支援する産業の種類を工業5業種に限定せず、サービス業などにも広げ、支援内容も充実した。同時に経済産業省が所管する「企業立地促進法」も改正され、新たに「地域未来投資促進法」として17年7月から施行された。リーマンショックで半減した製造業の立地件数が、その後盛り返したとはいえ、以前の水準にまで回復していないので、なんとか工場の地方立地を後押したいとの思いが込められている。
支援業種を拡大した農村産業法には、業種の拡大以上の意味が込められている。従来の農工法の支援対象は、工業、道路貨物輸送業、倉庫業、梱包業および卸売業の5業種だったが、農業産業法では業種の限定をなくし、農林水産物の加工施設、直売所、農家レストランなど、地域資源を活用した農林漁業者による内発型産業の立地も支援することにしたのである。地域資源を活用した内発型の産業振興は、資金の地域循環を大きくするなど、地域振興への貢献は大きい。その意味で、質的拡充が図れたと言ってよいであろう。
農山村には働く場がないから人口が流出し地域が寂れる─というのが定説である。その説が間違いだとは言わないが、そう言ってあきらめることはない。農山村に仕事がないのではなく、つくることができる。地域経済の活性化とは、地域での経済活動を活発にすればいいのである。経済活動すなわち経済取引を増やすのである。
たとえば、農家が大豆を生産して農協に出荷すれば、その取引回数は1回である。大豆を地域の豆腐屋に卸し、豆腐屋が地域の旅館に納入し宿泊客に提供すれば、取引回数は3回に増える。豆腐屋が加工し旅館がおいしく味付けすることで、大豆に付加価値が付き、地域に落ちるお金は、農協に出荷した場合と比べ、ずっと多くなる。豆腐屋や旅館が成り立っていければ、そこに雇用の場が生まれる。雇用機会の創出は、外部からの工場誘致だけではない。
専業にこだわることもない。農山村では一人で何役も果たすことができる。そもそも農家は「百姓」と言われるほど、いろいろな仕事に携わってきた。冬にワラジを編む仕事もあれば、廻船問屋を営んでいた豪農もいた。いわゆる「半農半X」が似合うのである。Xは、林業でもいいし、民宿、介護、保育でもいい。北国では冬の除雪作業も立派なXになる。農山村には生活を維持できるだけの仕事を作ることができる。(2018年6月24日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。