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2018年3月23日
福島の風評被害は克服されたのか
ジャーナリスト 村田 泰夫
東日本大震災から、もう7年もたった。被災地の復旧、復興は進んでいるといわれる。だが、農業の側面でみると、東京電力福島第1原子力発電所の事故の影響が尾を引く福島県の復旧は思わしくない。また、原発事故と関連付けて福島県産の農林水産物を買い控える風評被害は、少なくなってきているとはいえ、まだ完全に克服しきれたとは言えない。
大震災による津波で大きな農業被害を受けた岩手県、宮城県、福島県の農地の復旧状況(2018年1月末現在)を見ると、明暗がはっきり分かれる。津波による塩害などの影響で一時使えなくなった農地のうち営農が再開できた面積は、宮城県で98%、岩手県でも91%にのぼるのに、原発被害を合わせて受けた福島県は、なお59%にとどまっている。4割の農地が依然として利用されていない状況が続いているのだ。
農水省によると、放射性物質の除染をやることになっている福島県の原発周辺11市町村の農地のうち、帰還困難区域以外では除染が終わったにもかかわらず、営農の再開に結びついていない。福島県の前年の復旧率は46%で、この1年で13ポイントも伸ばしたとはいえ、「復旧が進んでいる」と評価することはできないだろう。
農地の復旧率もさることながら、福島県内の農業者が最も気にかけているのが、風評被害である。津波の被害を受けなかった内陸部の農業者も、「原発事故による放射性物質で農作物が汚染されているのではないか」という風評被害を受け、7年もたっているのに風評被害がなくなっていないのだ。
消費者庁では原発事故後の2013年から年に2回、風評被害について消費者意識の全国調査を実施している。食品を購入する際、産地を気にする消費者にその理由を聞いたところ、原発事故後わずか2年後の第1回調査(2013年2月)では、「放射性物質の含まれていない食品を買いたいから」として、福島県産を避ける意識が27.9%と高かった。それが、11回目の調査になる2018年2月の調査では、16.2%に減った。
また、食品中の放射性物質を理由に購入をためらう産地について、「福島県」とした消費者は、第1回調査では19.4%もいたのに、直近の第11回調査では12.7%に減っている。「被災地を中心とした東北(岩手県、宮城県、福島県)」をあげた消費者も、14.9%から8.0%に減っている。
これらの定例調査とは別に、消費者庁は2018年1月、原発事故に関係した被災地の食品について、新たな消費者意識調査を実施した。野菜・果物、コメ、牛肉、魚介類の食品4品目について、福島県内の消費者150人、福島県以外の消費者6900人を対象に調査した。
その結果によると、福島県内の人は77.3%が福島県産を購入している。福島県内の人で自県産の食品を購入しない人は8.7%しかいなかった。一方、福島県以外の消費者に聞くと、「福島県産の食品はまったく購入していない」が18.7%いた。放射性物質による汚染を心配しているのかもしれない。また「購入していない、またはわからない」が17.1%いた。彼らは厳密に福島県産を避けているわけではないが、できるなら避けたいと思っているのであろう。
買っている食品が「福島県産かどうかまったくわからない」と答えた消費者が福島県以外で47.4%いた。彼らは、福島県産であるかどうかには、こだわっていないと思われる。一方、「福島県産の食品を購入している」消費者は16.8%いた。彼らはあえて福島県産の食品を購入していると思われる。
意識して福島県産の食品を購入していると思われる人を対象に、その理由を聞いてみると、「福島県や福島県の生産者を応援したいから」が40.8%で最も多く、ついで「おいしいから」が38.3%、「安全性を理解しているから」が27.3%だった。
こうした調査結果から、消費者の意識は改善してきて、風評被害は減ってきていると見ることもできる。しかしながら、福島県内の農業関係者の顔は晴れない。消費者の間では、福島県産の食品への不安は少なくなっている兆しが出てきているが、農産物の流通の現場では風評が根強く残っているからである。
消費者の意識は改善してきているのに、消費者が不安がっていることを口実にして、流通業者が福島県産の農林水産物を買いたたいているのではないかと、福島県の関係者の中には残念がる向きもある。実際のところ、コメや野菜、それに福島特産のモモなどの果物の取引価格は、7年たった今も震災前の水準に戻っていない。
救いはある。直近の調査で消費者が産地を気にする理由で一番多かった答えは、「産地によって品質(味)が異なるから」の32.6%だった。被災地であるかどうかということを気にかけるのではなく、品質を基準に消費者は農産物を選ぼうとしていると解釈できる。コメについて福島県は全量全袋検査を実施しているが、幸いなことに2015年からの3年間、放射性物質の基準値を超えるコメは1つも出ていない。品質を武器に、地道に売り込むという正攻法で対処するのが、風評被害対策の王道なのであろう。(2018年3月22日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。