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2018年1月26日
「猫の目農政」を考える
ジャーナリスト 村田 泰夫
日本の農政は「猫の目農政」と言われてきた。猫のひとみは光によって形が変わるから、ころころ変わる日本農政をからかった言い方である。でも最近は、あまり聞かない。食管法の下で減反政策がおこなわれていたころ、食糧庁がコメの作付面積と買い入れ数量を年によってよく変えた。食糧庁に振り回された稲作農家が戸惑ったそんな時代によく使われた言葉だ。
でも考えてみると、年によって作付面積や買い入れ数量を変えるのは当然のことのように思える。食管法の下では、コメの作付面積や生産数量などの根幹を決めるのは食糧庁で、稲作農家はその指示で作付けし、収穫したコメを食糧庁に販売していた。いわば、経営者は食糧庁で、下請けでコメを生産する稲作農家は経営判断をする必要はなかった。
コメが足りなくなりそうだと予測すれば増産を指示し、余りそうだと思えば減産を指示する。それは経営者として重要な行動(振る舞い)である。農業以外の一般の産業界においても、経営者は常に製品の需要動向を見て、工場の稼働状況を判断している。増産か減産か、ころころ変えるのが一流の経営者である。
コメの需給動向を見て、コメの作付面積や買い入れ数量を年によって変える食糧庁の行動は、経営者なら当然やるべきことである。その指示でコメを生産する稲作農家にとって、「不安定だ」といって迷惑に思う気持ちはわかる。でも、市場の需給動向や価格動向を見て、どんな作物をどれだけ作付けるか、どこに売るかなどの経営判断を変えることは、何ら非難されることではない。むしろ当たり前のことだと今どきの農業者は思うようになっているのではないか。
なぜ、こんなことを考えたかというと、コメ政策が2018年産米から変わり、コメをどれだけ作るかの判断が個々の農業者にゆだねられるようになったからである。正確に言うと、強制力を持つ減反政策は、民主党政権の戸別所得補償制度が実施された2010年度から、選択制に移行している。現在でも主食用米をどれだけ作付けるかは、農業者の自由な選択に任されている。とはいえ、国が生産数量目標を示し、それを行政レベルで個々の農業者までおろす仕組みは残っていて、建前上、作付けは自由とはいえ、無言の圧力は強かった。それが18年産米からは、国がコメの需給情報は出すものの、数量目標は示さなくなった。このことをもって、政府による「減反政策」が終わったと受け取られているわけだ。
18年産米の作付面積は増えるのだろうか、それとも減るのだろうか。稲作農家の個々の経営判断がどうなるかにかかっていて、春先の時点ではまったくわからない。これからは、稲作農家がコメの需給情勢や価格動向を見て、毎年の作付面積を、それこそ「猫の目」のようにころころ変えないといけなくなる。
減反が廃止になる18年産の主食用米の生産について、農林水産省は1月中旬、各都道府県から集めた資料を公表した。これまではコメの需給が均衡するとみられる国内全体の需要量を農林水産省がまとめ、それを各都道府県に割り当てていた。都道府県は各市町村に、市町村は個々の稲作農家に割り当てていた。18年産米からは、農水省が全体の需要量を示すだけで、都道府県には割り振らない。都道府県は生産数量目標ではなく「主食用米の作付けの考え方」を示すことになった。これがいわゆる生産数量の「目安」である。
それによると、18年産の「生産数量の目安」を設定しない東京都と大阪府を除いた45道府県のうち、17年産米の「生産数量目標」と全く同じ量に据え置いたのは22県にのぼった。国は昨年12月に、全国の主食用米の需要見通しを735万tと発表した。その数量に各県のシェアをかけて算出した県が多い。国が前年までやってきた方式を引き継いだ形である。
前年度の数量目標よりも増産するのは14道県だった。しかし、積極的に増産に走る自治体が多いというわけではない。北海道は約5000t、千葉県は約1万9000t増やすが、率にするとそれぞれ0.9%増、7.7%増に過ぎない。作付面積を増やすというのではなく、「反当りの収量が増える見込みなので増産になる」(北海道)といった程度のことだ。
逆に減産を見込むのは9府県。これも積極的に減産するわけではなく、昨年までの実際の作付け状況に近い線を探ったら、結果的に減産になったという自治体が多い。
減反廃止初年度の18年産の作付けについて、生産者はおっかなびっくりなのである。16産、17年産は生産数量目標を下回る生産調整の「過剰達成」を実現した。そのおかげもあって、米価は比較的高い水準で推移した。市場では特に価格の安い業務用米が不足している。米価が堅調なことから、稲作農家の中には政府からの制約のなくなった18年産米から増産したい気持ちを抱いているところが少なくない。とはいえ、増産して価格の下落を招いてしまっては経営にマイナス。とりあえず前年並みにしておこうと慎重な姿勢を取っているのであろう。
「おっかなびっくり」であったり、「猫の目」であったりするのは、稲作農家もやっと経営者としてのセンスを身につけてきた証でもある。市場(消費者や実需家)と対話しながら作付面積を決めていく農業者が増えることを期待したい。(2018年1月24日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。