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2017年9月25日
天に唾した「コメの直接支払い廃止」
ジャーナリスト 村田 泰夫
自民党の農林関係議員は今、コメの直接支払交付金の廃止を悔やんでいる。コメの生産調整に協力した稲作農家に、10aにつき7500円を支給する交付金のことである。
この交付金は、民主党政権時代、農政の看板政策として導入された「戸別所得補償制度」の柱となる政策で、平成22(2010)年度から導入された。当初は10a=1万5000円支給され、しかも1俵(60kg)=1万3700円の最低価格保証(米価変動補填交付金)までついていた。
政権を奪還した自民党が、民主党の看板政策を引きずり下ろすため廃止を決めた。米価変動補填交付金は26年度から廃止、コメの直接支払交付金は29年産米までの4年間、激変緩和措置として半額の7500円の支給が続けられてきた。それが、30年産米から支給されなくなる。
「コメの直接支払交付金の廃止は、天に唾するようなものだ」と、筆者はかねてから指摘してきた。「天に唾する」とは、天に向かって唾を吐けば、自分の上に落ちてくることを意味する。民主党政権の看板政策を「バラマキ政策だ」とけなして唾をしたら、稲作農家の所得の減少につながり、自民党農政へのブーイングという形で、自らの上に唾が落ちてきてしまったのである。
民主党政権が導入した10a=1万5000円の根拠は、稲作農家が慢性的に生産コストをまかなえていない金額を、過去の統計データから算出した。時代が違っているから、その金額が今でも妥当であるかどうか検証する必要はあるが、「標準的な生産費と標準的な販売価格の差額を助成する」のは、直接支払制度の考え方に基づいたものだ。実際のところ、稲作農家、とくに大規模農家には、大きな励みとなる交付金だった。
稲作農家に評判がよかったことが、政権に復帰した自民党には、しゃくのタネだった。政権復帰直後の平成25年度予算では、民主党色の強い「農業者戸別所得補償制度」という名称を「経営所得安定対策」と変えただけで、中身はそのまま踏襲せざるを得なかった。いきなりやめれば、農業者から強い反発が出るからである。
26年度予算から、民主党色を一掃することにした。コメの直接支払交付金(定額部分)の廃止(時限措置として29年度までは半額支給)と、米価変動補填交付金(変動部分)の即時廃止を決めたのである。コメの直接支払交付金廃止の理由について、農水省は「コメについては、諸外国との生産条件格差から生じる不利性はなく、構造改革にそぐわない面がある」としている。
「諸外国との生産条件格差」はあるのだが、コメに課している高い関税で不利性を補っていて、外国産米が国内市場に入ってこないので、交付金を支払う必要はないと言っているのだ。また、「構造改革にそぐわない」とは、生産調整に協力した稲作農家のすべてに支給するのは「バラマキ政策」だと認識しているというのだ。
天に唾したことに気づいたのだろうか。10a=7500円の財源である714億円(平成29年度予算)を取り戻そうとする動きが、自民党や農業団体の中に出てきた。廃止される30年度から700億円余りの予算がいらなくなるのだから、その財源を何らかの形で稲作農家に配分せよと政府に要求し始めた。
全国農協中央会(全中)は、コメの生産調整の実効性を確保するための予算として使うべきだとの見解を表明した。30年産から、国はコメの生産数量目標の配分やめる。これが「減反の廃止」と受け止められ、農家の中にコメの過剰生産、そして米価の下落を心配する声がある。そうした不安を解消するため、生産調整に国の関与が薄まっても、生産調整をきちんと誘導するための予算に回せというのである。
一度ついた予算は俺のもの、とでも思っているのだろうか。予算を既得権益視する考え方はいただけない。民主党の直接支払交付金をバラマキだとして廃止しておきながら、今度は稲作農家に配分せよというのは筋が通らない。「何らかの形で配分せよ」というのは、予算配分に根拠が乏しく、まさにバラマキ以外の何物でもない。
そうであれば、コメの直接支払交付金を廃止しなければよかったのである。党利党略で農業政策をくるくる変えるのは、もうやめた方がいい。日本農業の体質強化や農業の多面的機能につながる政策は、どの政党が政権をとっても変わらないはずである。直接支払制度の芽が政権交代で摘まれてしまうのは残念でならない。
農水省の30年度予算の概算要求を見てみると、新年度からスタートする収入保険制度に531億円があてられるほか、水田フル活用の直接支払交付金が154億円増額される。これに農地集積のための予算の増加分を加えると、廃止されるコメの直接支払交付金の財源にほぼ見合う。水田フル活用の交付金は、主食用米の転作を奨励する政策だから、稲作農家に配分される予算とみなすことができる。農業団体の希望に一部沿った形となっている。これ以上の予算分捕りは許されない。(2017年9月22日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。