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2017年7月24日
コメの先物市場を考える
ジャーナリスト 村田 泰夫
大阪堂島商品取引所(大阪市)が7月11日、コメ先物の本上場への移行を農林水産省に申請した。平成23(2011)年8月に72年ぶりの上場を果たしたが、とりあえず試しに2年間だけという試験上場だった。その後、2回延長されてきたが、今回は常設の上場をめざすものだ。
なぜ試験上場だったのか。わが国のコメの取引量のほぼ5割を牛耳る全国農業協同組合連合会(全農)が先物市場の開設に反対して、取引をボイコットしているからである。堂島取引所は、業務用米を対象とした「東京コメ」、関西産コシヒカリを対象とした「大阪コメ」に加え、昨年秋から新潟産コシヒカリを対象とした「新潟コシヒカリ」も上場するなどして取引量の増大を図り、常設の先物市場の必要性を訴えている。8月上旬までに出す農水省の結論が注目される。
先物取引とは「将来の価格を今決める」取引のことである。価格の変動が激しい原油や穀物などを取り扱う業者は、価格変動によるリスクに常にさらされている。そのリスクを避ける方法として「先物取引」という手法が編み出された。
コメ先物市場は江戸時代に大阪・堂島の米市場で始まった歴史ある取引だったが、政府による価格統制が始まった1939年から、先物市場は廃止されてしまった。政府がコメの値段を決めるのなら価格変動の心配がなく、先物市場も不要になったわけだ。
コメの価格が市場の需給関係で決まるようになった現在、生産者はもちろん、農協、卸業者などコメの流通にかかわる関係者のすべてが、価格変動リスクに直面することになった。先物市場ができて当然なのだが、農協はなぜ反対するのだろうか。
反対理由として農協は、「国民の主食であるコメを投機の対象にすることは許されない」という。なるほど、と思わなくもない。原油や小麦の国際相場は、先物市場での取引を反映して乱高下することがある。主食であるコメの値段が、投機筋の思惑で大きく変動することは好ましくない。
しかしながら、モノの価格を決める方法として、需要と供給とのバランスで決まる「市場」に代わる仕組みは、残念ながら、ない。先物市場は、カネの欲が渦巻く場である。株式市場、為替市場、原油先物市場、そしてコメ先物市場も例外ではない。「投機的取引は嫌い」という心情を私たちは抱くが、人類がこれまでに試みた他の価格決定システムと比べれば、市場取引はマシな仕組みなのである。
農協は、原油や小麦、トウモロコシなどの先物取引は容認していて、有力な取引参加者でもある。コメだけ反対する根拠は薄弱である。農協が反対する本当の理由は、コメの価格決定権を失いたくないからだといわれている。
コメの価格は現在、だれがどのように決めているのだろうか。以前、全国米穀取引・価格形成センター(米価格センター)があり、売り手である農協と買い手である卸業者との間で取引され、コメの現物相場が形成されていた。ところがコメ流通の自由化で取引数量が激減し、23年3月末、解散に追い込まれてしまった。
現在は全農の決める「相対取引価格」が、現物価格の指標となっている。その年の作柄(生産量)、古米の在庫量などを見て、全農が卸業者に示すのが相対取引基準価格である。これは全農による希望売り渡し価格、いわば「定価」である。生産者側の売り急ぎや売り惜しみ、卸業者側の買い急ぎや買い控えなどの思惑が重なり、基準価格は上下に振れる。そして実際に取引される価格が相対取引価格である。
現在の米価は、市場の需給関係に左右されるものの、「定価」を示すなど価格決定の主導権を握っているのが、全国のコメの取扱量の約5割を握る全農である。
先物市場は、2カ月先とか6カ月先など将来の価格を決める取引だが、最終的には現物のコメの引き渡しを伴う取引もあることから、事実上の現物取引価格にもなっている。大口の売り手である全農の恣意的な思惑が込められている相対取引価格より、市場の需給関係だけで決まる先物市場での価格の方が、透明性はずっと高い。常設の先物市場ができれば、全農の主導権が奪われてしまうことを恐れているのである。全農の既得権益を守るために先物市場の本上場が認められないとすれば、本末転倒であろう。
平成30年産米から、行政によるコメの生産数量割当てが廃止になる。いわゆるコメの生産調整(減反)の廃止である。飼料米の作付けに多額の助成金が支給されるなど強力な転作誘導策が継続されるから、厳密な減反廃止といえるかどうか見方が分かれるが、主食用米の生産に行政のタガは外れることは確かだ。
また、農協改革で、農協は生産者からコメなどの農産物を全量買い取り、農協のリスクで売り切ることが求められている。これまでは生産者からの「委託販売」で、農協にリスクはなかった。今後は農協がコメの価格変動のリスクを背負う。常設の先物市場の開設は、農協にこそ必要なインフラである。(2017年7月21日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。