農業のポータルサイト みんなの農業広場

MENU

ぐるり農政【123】

2017年6月26日

資本主義の後の社会

ジャーナリスト 村田 泰夫


 市場経済や経済のグローバル化への風当たりが強い。経済成長を求める考え方そのものへの疑義も生まれている。市場経済の原理である「競争」が、持てる者をますます富ませ、持たざる者はいつまでも這い上がることができない。経済の国際化や貿易の自由化が、その国や地域特有の個性を衰退させ文化を破壊してきた。

 イギリスのEU(欧州連合)からの脱退や米国大統領選でのトランプ政権の誕生は、市場経済やグローバル化への人々の反乱の一つの表れとみることもできる。では、市場経済を支える現在の資本主義の後の社会は、いったいどんな仕組みの社会なのだろうか。


murata_colum123_3.jpg グローバル化を否定した後の社会は想像できる。国境管理を厳格にし、人々の往来の自由を制限し、移民の流入を阻止する。物の移動にも制限を加え、農産物はもちろん、自動車などの工業製品の流入には高い関税をかける。いいか悪いかは別にして、その国や地域の独自性を守ることができるかもしれない。

 市場原理を否定した後の社会は、なかなか想像できない。かつてマルクスはこう予言した。資本家があくなき利益を追求する資本主義が行きつくところまで行くと、搾取され続けてきた労働者が「革命」という反乱を起こし、社会主義社会を樹立する。

 社会主義社会では、能力に応じて人々は働くことができ、必要な時に必要なものを調達することができる。市場の需要を予測して物を生産しようとすれば過剰生産や物不足をもたらすが、市場とは関係なく計画生産すれば無駄がなくなる。


 ところが現実は違った。マルクスの思想を体現したレーニンの指導で樹立されたソビエト連邦は、社会主義の計画経済の破たんを私たちに教えてくれた。ソ連崩壊後のロシア経済は市場経済を原理とする社会に変わった。

 やはり社会主義体制を選択した中華人民共和国は、鄧小平時代に「中国の特色のある社会主義経済」体制に移行した。社会主義を標榜しているが、実態は市場経済そのものである。中国経済は市場経済のおかげで飛躍的に発展し、鄧小平以前の社会主義経済の時代より人々の暮らしは、はるかに豊かになった。

 市場経済を原理とする資本主義は革命で打倒され、社会主義が来るべき社会だと信じられていた時があった。しかし、ソ連の崩壊で社会主義が未来の理想社会だと信じる人はいなくなった。一方で、市場経済が万能の原理だとも信じられなくなっている。

 日本をはじめとする主要先進国の金利は、ゼロだったりマイナスだったりする。投資しても利潤が見込めない。先進諸国の産業資本は投資先を新興国に移している。グローバル化した世界で、目立つのは強欲な金融資本の跳躍ぶりだ。16世紀以来、世界経済を支えてきた資本主義は、終焉を迎えようとしているかのようだ。


murata_colum123_2.jpg 農業の分野では、農と自然の研究所代表の宇根豊氏が「農業は資本主義になじまない」と主張している。農業は天地自然からめぐみを受け取っているのであって、効率や成長を求める市場経済の原理を当てはめること自体に無理がある。社会の土台に農がある「農本主義」を宇根さんは提唱する。なるほどと思う。


 ポスト資本主義を考えるいい本に巡り合った。哲学者の内山節氏の『半市場経済』(KADOKAWA刊)である。この本で内山氏は、社会はひとつのシステムで営まれてきたわけではないと言う。ひとつの時代の中で育まれていた萌芽が次第に力をつけ、それが主導的な役割を果たすようになった時、新しい時代が生まれる。

 現在の資本主義という社会も、そうやって生まれてきた。資本主義の後の社会が何と呼ばれる社会になるかまだ分からない。でも、社会変革の萌芽はすでに今の世の中に存在し、うごめいているというのだ。

 現代社会は、市場経済、非市場経済、半市場経済の3種類の経済が併存している。今は市場経済がわがもの顔でいる。市場に任せれば「神の手」によって予定調和的に経済は回ると信じられてきた。しかし、市場経済に任せていたら不公平で格差の著しい社会になってしまった。


murata_colum123_1.jpg 閉塞感が強まる現代社会にあって、市場を活用しているが、市場原理だけでは営まれていない半市場経済が存在感を増している。たとえばNPO法人であり社会的企業の活躍である。国連が2015年9月に採択した「持続可能な開発目標」(SDGs)に沿った企業の活動も、市場原理だけでは説明できない。

 利潤の極大化や成長を求めるのではなく、仲間と共有する価値を大切にする共創社会をめざす。活動の目的は市場経済の原理からはずれている。そうした半市場経済が主導する社会の到来を内山氏は予感する。歩みはのろいかもしれないが、社会は確実に動いている。(2017年6月23日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

「2017年06月」に戻る

ソーシャルメディア