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2017年5月23日
種子法廃止の意味するもの
ジャーナリスト 村田 泰夫
種子法の廃止が今国会で決まった。種子法なんて聞いたことがない人がほとんどだろう。「主要農産物種子法」といい、米(稲)、麦、大豆を主要農産物と定め、優良な種子の生産や普及を都道府県に義務付けていた。戦後の食糧増産を目的として1952(昭和27)年に制定されたが、「すでに役割を終えた」「民間事業者の参入を阻害している」(農林水産省)として、廃止法案が国会に提出され、4月14日に成立した。来年4月1日から廃止される。
米や麦、大豆は主食として重要な穀物なのだが、品種改良には時間と手間がかかる。そこで、国や都道府県の農業試験場など公的機関が、気候など地域の特性に合う品種を開発し、奨励品種として普及させてきた。当初は多収品種がもてはやされたが、近年では収量より食味が重要視されている。山形県の「つや姫」や北海道の「ゆめぴりか」など、食味ランキングで最高ランクの「特A」を獲得する良質米の開発競争が激しくなっている。
農業試験場がきちんと機能しているのに、なぜ種子法を廃止してしまうのか。
農水省によれば「民間の種子開発企業の参入を阻害しているため」だという。米の奨励品種は現在444種もあるが、その中に民間の開発した種子は1つもない。野菜や花などの園芸作物では、タキイ種苗(本社・京都市)やサカタのタネ(本社・横浜市)など、日本の民間企業が世界的に知られているが、米などの穀物類では、種子法が阻害して民間企業の開発意欲をそいでしまっているというのだ。
その種子法廃止に「反対」の声が一部の識者から出てきたのだが、反対の声が大きくなったのは、廃止法案が国会に提出された3月になってから。出遅れた感が強かった。国民の間で議論になる前に、廃止法案はすんなり成立してしまった。
廃止反対論の論拠はこうだ。そもそも廃止は昨年10月、規制改革推進会議が提言したのがきっかけで、経済界からの規制緩和要求の一環だった。国会審議では、民進党や共産党など野党からこんな懸念が表明された。「民間企業の参入を促すというが、実際は外資の参入に道を開いてしまわないか」。たとえば、種子ビジネスで世界を牛耳っている米国のモンサント社が遺伝子組み換えの米の種子を開発、日本に売り込んでくる可能性だって排除できないと懸念する。「種子法廃止=モンサント法」などと陰口をたたく人すらいる。
わが国はいまのところ、遺伝子組み換え作物の栽培を認めていないから、取り越し苦労かもしれない。それはさておき、「主食である米の良質な種子の供給を国が責任を持つべき」なのか、それとも「公的機関が独占している米の種子開発に民間企業を参入させるべき」なのか。きちんと検証し議論してから種子法の廃止法案を国会に提出してもよかった。拙速であるがゆえに、あらぬ疑いを呼ぶことになった。
わが国で、民間企業の開発した米の種子はないのだろうか。実は近年、増えているのである。米の産地品種銘柄数は平成28年産で全国に726種あるが、そのうち126種(全体の17.4%)が民間育成品種である。平成15年産では494種のうち19種(3.8%)だったから、結構増えている。
にもかかわらず、各都道府県の指定する奨励品種に1つも選ばれていない。県などが予算と人員を投入してみずから開発した品種を優先し、民間企業の開発した品種をわざわざ選ぶことはないのだろう。「都道府県と民間企業との競争条件が同等ではない」(農水省)ことになる。奨励品種の選定を都道府県に任せれば、そうなるのは必定であろう。
小規模な生産者は、県の奨励品種や農協のおすすめ品種を作付けるかもしれない。しかし、売り先の確保を優先する大規模生産者は、別の理由で作付ける品種を選ぶ。たとえば、民間企業の育成品種で最も普及が進んでいるのが、三井化学アグロが開発した「みつひかり」である。多収品種なのに食味がよく、どんぶりなどの外食産業や、弁当やおにぎりなどの中食産業に好評である。牛丼チェーン店の吉野家が生産者と直接契約で栽培するなどして、全国で4414万t(27年度産)生産されている。
民間企業の開発した米の種子は、F1(ハイブリッド)品種で、農家が自家採種できず毎年買わなければならない。価格は都道府県の開発した奨励品種の約10倍もする。20kg当たり、北海道の「きらら397」が7100円なのに、「みつひかり」は80000円である。「みつひかり」の平均的な収量は10a=720kgで、一般的な品種(530kg)より36%も多い。種苗費は高いが、収量が多いので収益は確保できる、というのがメーカーの宣伝文句である。
そのほか、さまざまな機能性を持った米の新品種の開発競争も始まっている。野菜の種子では世界的な企業に育っている日本企業のことだから、米についても民間企業の開発努力に期待したい気がする。民間企業の参入を阻害しているのであれば、種子法を見直すことも必要であったろう。
でも、廃止する必要はあったのだろうか。種子法の廃止で都道府県に優良品種の生産義務がなくなって、農業試験場などの機能が失われてはもったいない。今からでも遅くはない。「特A」米の品種開発で成果を上げている農業試験場の努力を無駄にせず、継続できる法律を新たに制定するのも一つの知恵かもしれない。(2017年5月23日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。