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ぐるり農政【120】

2017年3月27日

「自国第一主義」の行先

ジャーナリスト 村田 泰夫


 イギリスの欧州連合(EU)離脱に続き、「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ米大統領が誕生して、内向きの「自国第一主義」が世界中に蔓延しようとしている。オランダ、フランス、オーストリアなど欧州諸国でも、移民排斥の「自国第一主義」を掲げる政党の躍進が伝えられる。

 自国第一主義とは、自分の国だけがよければいいという「わがまま」を通すことだから、みんなで決めたルールに縛られないということだ。そんな「身勝手」なことが貫き通せるのだろうか。強行すれば反動を招く。世界がどこに向かおうとしているのか、大げさではなく、気にかかる。


murata_colum120_1.jpg トランプ大統領の過激なツイッターには慣れっこになって、少々のことでは驚かなくなった。しかし、こんなことまで言うのかと驚かされたことがある。米国の通商代表部(USTR)が3月1日に米議会に提出した通商政策報告書である。

 WTO(世界貿易機関)について「米国に不利な決定がなされた場合、それは米国の法律を変えるものではない」と明記したのである。国際的な自由貿易のルールを決めているWTOは、貿易について「裁判所」のような紛争処理機能も持っている。貿易紛争が起きて不満のある国から提訴を受けたWTOは、審議したうえ協定違反と認定すれば「是正勧告」を出す。加盟国はそれに従わなければならない。なのに、トランプ政権は「是正勧告を受けても従わず、国内法を優先する」と言い切っているのだから、あきれてしまう。


 トランプ氏は、大統領選で中国やメキシコからの輸入品に35%もの高関税をかけると訴えて当選した。それがWTO違反になると指摘され、大統領就任後は「国境税」のような仕組みに衣替えして実現できないか検討している。それもWTO違反の可能性が高いが、仮に違反だとされても、それには従わないと宣言しているのだ。

 しかも「通商法301号を適切に使えば強力な武器になる」と報告書は評価している。通商法301号とは米国政府が不公正だと認定すれば高関税など一方的な報復措置を発動できる条項である。日米貿易摩擦が激しかった1980年代に米国が持ち出し、WTO違反濃厚といわれる悪名高き制裁措置である。


murata_colum120_2.jpg トランプ政権は、多国間によるTPP(環太平洋経済連携協定)から離脱し、2国間による自由貿易協定を結ぶことにした。「2国間なら力関係を反映でき、米国に有利な協定を結べる」と、通商担当者は正直である。米国・カナダ・メキシコの3カ国で結んでいるNAFTA(北米自由貿易協定)を見直すという。たしかに、米国とメキシコとを比べれば、軍事力でも経済力でも米国の方が圧倒的に強い。その力を背景にメキシコをねじ伏せる協定は結べるかもしれないが、その反動は米国自身にはね返る。


 トランプ政権がメキシコからの自動車輸出に高関税をかけるなら、メキシコ政府は、米国から大量に輸入している小麦やトウモロコシなどの穀物や乳製品の輸入先をロシアやアルゼンチン、それに欧州などに振り替えると言っている。小国にも意地がある。


 どの国もグローバル経済にどっぷり浸かっている。米国経済は中国から輸入される安い日用雑貨や電気製品で成り立っている。自動車などの戦略商品も中国製の部品なしには生産できない。自国の産業を守るねらいで始めた高関税などの制裁は、回りまわって米国の豊かな消費社会を直撃し、戦略商品の競争力を引き下げることになる。

 また、相手が大国だと、抜き差しならぬ貿易戦争に突入しかねない。中国は、すでに「一帯一路」を通商政策の柱に据えている。「一帯」とは中国西部から中央アジアを経由して欧州につながるシルクロードを意味し、「一路」とは中国沿岸部から東南アジア、アラビア半島を経由してアフリカ東部を結ぶ海上シルクロードを意味する。つまり、中国からユーラシア大陸、東欧、中東、北アフリカ、西欧までつながる「新シルクロード経済圏」の形成をねらっているのである。


murata_colum120_3.jpg 第2次世界大戦の一因は、保護主義的なブロック経済の形成にあったといわれる。1929年の大恐慌をきっかけに、米国政府は高関税で自国産業を守る保護主義政策に踏み切った。これに対抗して列強各国は植民地を含む自国の勢力圏を囲い込むブロック経済を形成した。遅れてきて植民地を持たない列強は、みずからの市場を拡大しようと領土拡張主義に走った。これが戦争のきっかけになった。この反省から戦後、連合国は自由貿易の原則を打ち出し、1948年に「関税と貿易に関する一般協定」=GATTを発足させた。これが現在のWTO(世界貿易機関)の前身である。


 トランプ政権が国際的な貿易ルールであるWTOをないがしろにし、自国第一主義を貫けば、市場を確保したい相手国も「自国第一主義」に走らざるを得なくなる。米中間の貿易摩擦が、経済ブロックを競い合う貿易戦争に発展するのが怖い。
 日米間の貿易摩擦にも目が離せない。米USTRのライトハイザー代表は「農業の市場開放で第一の標的は日本だ」と米議会上院の公聴会で明言した。日本の農業界に根強い「自国第一主義」の主張を勢いづかせることになる。(2017年3月24日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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