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2016年10月25日
直売すれば利益は2倍に
ジャーナリスト 村田 泰夫
農業者の所得を増やす方策について、政府や自民党内で検討が進められている。農産物を生産することによる農業者の所得は「生産量×価格-生産コスト」だから、単位面積当たりの収量を増やすこと、高く販売すること、生産コストを削減することが肝要である。
「1円でも安く良い資材を提供し、1円でも多く生産者の手取りを確保する」。全国農協中央会(全中)の奥野長衛会長と、自民党の小泉進次郎・農林部会長がともに手を握って掲げる農業改革のスローガンである。
農協から見て「1円でも安く資材を提供する」ということは、生産者から見れば、投入する生産コストを1円でも安くすることである。いかにして農薬や化学肥料、農業機械の価格を引き下げられるか、全農は検討を迫られている。もうひとつの「1円でも多く生産者の手取りを確保する」とは、丹精込めて作った農産物をいかに有利に販売し、農業者の所得を1円でも多くする方策を実行することである。
農林水産省が9月、政府の規制改革推進会議と自民党の農林部会に示した資料に興味深いデータがある。青果物を「道の駅」などの直売所で消費者に直接販売した場合に得られる農業者の利益は、卸売市場に出荷した場合より2倍に達することが明らかになった。
農産物にはコメ、野菜、果物、畜産物などさまざまあるが、ここではダイコン、ニンジン、ハクサイ、キャベツ、トマト、キュウリ、ピーマン、レタス、リンゴ、ミカンなど青果物を対象とした調査である。これら青果物の平均では小売価格のうち、生産者の取り分は33~36%にすぎない。残りのうち10~11%が集出荷~卸売段階で取られ、51~52%が仲卸~小売り段階で取られる。
農業者の受け取る3割強の金額から生産コストを差し引いたものが手取りだから、農業者の利益は本当に少ない。以前、中小企業の社長からこんな話を聞いたことがある。「小売価格の5割の取り分がなければ、その事業に魅力はない」。農業者も「取り分5割」をめざすべきである。
農水省は、キャベツを例にあげ、市場流通の場合と直売の場合による農業者の受取額の違いを試算している。市場流通の場合のキャベツ1玉(約1kg)の小売価格は156円。農業者の受取額は67円(43%)、集出荷団体・卸売の取り分が34円(22%)、仲卸・小売りの取り分が54円(35%)だった。農業者の受け取る67円から生産コスト38円(24%)を差し引くと、農業者の利益は29円で、小売価格に占める割合はわずか19%に過ぎない。
これに対し、同じキャベツを「道の駅」などの直売所で売ると、小売価格は1玉120円と「割安感」を出して安くしないといけないが、経費は直売所の手数料15%(18円)を差し引かれるだけで、残りの85%(102円)を受け取ることができる。そこから生産コスト38円(32%)を差し引いても、農業者の利益は64円もある。小売価格の53%を手にすることができ、目標とする5割の壁を超えることができる。
といって、生産物のすべてを直売にすることは難しい。直売所はたいてい生産地に近いところにある。青果物の大消費地である都会に運搬し販売しようとすれば、それなりのシステムが必要だしコストがかかる。そうしたインフラ機能を、農協などの集荷業者、卸売市場、卸売・小売業者が果たしているのである。
一見、流通経費がたくさんかかっているように見えるが、集荷・選果や運搬、小売りまでには、運搬費、梱包の段ボール代、小分けの資材や労力などがかかる。流通経費がかかるのには、それなりのわけがある。また、市場出荷にはメリットもある。農協を通して卸売市場に出荷する「委託販売」にすれば、集荷した全量を引き取ってもらえて売れ残ることはない。しかも、販売代金は迅速かつ確実に決済してもらえる。
とはいえ、中間の流通経費をカットした直売による所得向上効果は大きい。農協などの集荷業者は、農業者から集めた農産物を卸売市場に運ぶことが「販売業務」のすべてなのではない。これまでの流通の仕組みに安住するのではなく、どうしたら農業者の受け取る所得が増やすことができるか知恵を絞る必要がある。
「直売は農協を通さないから手数料が減る」として当初、直売所の開設に消極的だった農協だが、いまではほとんどの農協が直売所の運営に前向きになっている。また、都市近郊の農協の中には、集荷した農産物を大都会のデパートや大手スーパーに直接納入することで、農業者の手取りを増やす工夫をしているところもある。こうした試みを広げたい。
基幹農産物であるコメの販売について、ほとんどの農協が「委託販売」の形をとっている。農協は売れた価格から一定の手数料を差し引いた金額を農業者に支払う。高く売れても安く売れても農協の手数料(もうけ)は変わらない。これでは販売努力に力が入らない。先進的な農協の中には、農業者からコメを買い取り、自らリスクを負って実需者にコメを売り歩いている。これが本来の「販売業務」であろう。農業者のための協同組合であることを改めて強調したい。(2016年10月20日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。