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2016年2月25日
農協と農業融資
ジャーナリスト 村田 泰夫
小泉進次郎・自民党農林部会長の「農林中金はいらない」発言が波紋を呼んでいる。発端は1月13日、茨城県内にある農業資材の流通施設を視察した後、記者団にもらした一言だった。「農林中金は96兆円を集めながら、農業融資に回るのは0.1%。だとしたら私は農林中金はいらないと思う」
思い付きの発言だと思っていたら、翌14日、改めて同じ発言を記者団に繰り返した。「農林中金が農家のためにならないならいらない」。こりゃ、思い付き発言なんかじゃない。小泉氏の発言は、明らかに農政改革を意識した政治家として確信犯?的発言である。
経済雑誌「エコノミスト」や「ダイヤモンド」の単独インタビューにも登場し、やはり「農林中金いらない論」を繰り返している。同時に、「これは、農林中金に対する私からのエール(励まし)だ」とフォローする発言も忘れていない。
与党・自民党の農林部会長として、最大の自民党支援団体である農協に反旗を掲げるわけではない。しかし、農業の構造改革問題と小泉氏がとらえている農薬・肥料・飼料や農業機械などの「農業資材のコスト削減問題」と、「農業金融問題」については、一歩も引かず取り組む決意を表明した。そう受け取るべきであろう。農協とりわけ農林中金は危機感を持たなければならない。
農協の農業融資について事実を押さえておこう。27(2015)年12月末現在の農林中金の資産は102兆円にのぼる。メガバンクと肩を並べる巨大金融機関である。そのうち60兆円が有価証券による運用であり、貸出金は19.6兆円にとどまる。貸出金は一般企業向けが多く、農業向け融資は234億円にすぎない。桁が二つ違う。全貸出金に占める農業向け融資金額の割合をはじくと、0.12%になる。「農業融資に回るのが0.1%」と小泉氏が述べた根拠はここにある。
農協の弁護をしておこう。農業融資は農林中金だけが担っているわけではない。むしろ地域の農協が担っている部分が多い。わが国おける農業向け融資残高は、27年3月期で約4.1兆円。このうち全国にある約700の農協や都道府県単位の信用農協連合会、それに農林中金を合わせた農協グループ全体では2.4兆円だから、農業金融のざっと6割は農協が担っている。
残りの4割は、政策金融機関である日本政策金融公庫や地方銀行、信用金庫などだ。地銀や信金の中には「農業は成長産業だ」と認識し、農業向け融資に積極的に取り組み始めている。それとの対比で、農業融資に消極的な農協の姿が目立ってきている。
小泉氏による批判に、農協サイドはどのように反論しているのだろうか。農協の機関紙は「小泉氏は何もわかっていない。農林中金は利益の中から数千億円もの金額を農協に還元している。農協経営を支えることで、農業者、組合員の利益になっている」という趣旨の反論を載せたことがある。農林中金の資金は、地域の農協が一生懸命集めた貯金が原資になっている。その見返りに農林中金が地域農協に利益を還元するのは当然のことである。農協が農業融資に熱心に取り組んでいないという小泉氏の指摘に正面からこたえたことにならない。
もう10年近く前になるが、ある青年から聞いた話がある。「金融面から日本農業の発展に尽くしたい」という熱意をもった青年だった。彼は農林中金に就職しようと面接を受けた。熱弁をふるったところ、農林中金の幹部からこう言われたという。「うちは機関投資家であって、農業融資機関じゃないよ」。青年はがっかりしたという。「農業融資に熱意を持つ人は要らない、と言われたも同然ですから」
ところが、今年初めのこと。農林中金の東北地方の支店に勤務する若者に会った。2年前に農業融資を希望して採用され、支店で農業融資を担当しているという。生き生きとしていた。かつて、農林中金には農業融資撤退論があった。県段階の信用農協連合会や地域の農協に任せて、農林中金は農業融資から手を引くべきだという考え方だった。それが最近、変わったのだろうか。農業融資を希望する青年を採用し、地方の支店に配属しているのだから。
農林中金の河野良雄理事長のインタビュー記事(1月26日、日経新聞)を読んで、得心がいった。「2015年度からJAバンク全体で新規の農業融資額の目標を決めようとスタートしたばかり。われわれJAバンクは年間の新規農業貸出しを2700億円ぐらいやろうとしている。われわれは本気になっている」
農業融資に本気で取り組み始めた矢先の小泉氏による批判。農林中金にとっては残念なことだろう。農業融資はそんなに急速に伸びる分野ではない。農業の収益性は低く、どんどん貸し込めるわけではないからだ。時間はかかるだろうが、地道に取り組み続ければ、いずれ花開く時がくるだろう。農林中金の頑張りに期待したい。
蛇足ながら、農業融資についてのエピソードを一つ。最近、静岡県内の大きな農協の融資窓口担当者から話を聞く機会があった。「農業機械を買いたいと融資を申し込まれた方がいらしたが、決算書を見たら3年連続赤字なのでお断りした」という。
私は聞いた。「その人のこと、あなたは知っていますか?」
「もちろんです、近くの集落の人ですから」
重ねて私は聞いた。「その人は信用できる人ですか?」
「昔から知っていて、信用できる人です。相手は『農協なのに』と不満そうでしたが、決算が赤字続きでは貸せません」
融資マニュアルがあって、情に流されずに貸さなかったことを、窓口担当者は誇らしげに語りたかったのだろう。私だったら貸していた。金融機関は人を見て融資の判断をすべきだと思うからである。農協の融資対象は、地域のコミュニティ内の人であることが多い。人を見て貸せば、農協の融資額はもっと伸びると思う。「農家は夜逃げしない」経験に照らし合わせば、焦げ付きの心配は少ない。(2016年2月17日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。