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ぐるり農政【106】

2016年1月26日

「地理的表示」と地域農業

ジャーナリスト 村田 泰夫


 優れた品質の特性が産地の地域と結びついている農林水産物や食品の名称を国が保護する「地理的表示保護制度」が昨年末からスタートしている。

murata_colum94_4.jpg 地域の風土や伝統に根ざした製法で作られ、その地域の名前をつけた農林水産物や食品のブランドを守るのがねらいだが、効果はそれだけにとどまらない。ブランドの付加価値を高めることで農業者など生産者の所得を増やすだけでなく、産地の生産者に品質をしっかり管理させることで、地域農業や地域経済の振興につなげることができる。


 昨年12月22日、地理的表示保護制度の対象第1弾として、「あおもりカシス」(青森県)、「但馬牛」(兵庫県)、「神戸牛」(兵庫県)、「夕張メロン」(北海道)、「八女伝統本玉露」(福岡県)、「江戸崎かぼちゃ」(茨城県)、「鹿児島の壺造り黒酢」(鹿児島県)の7品目が登録された。

 このほかにも、「知覧茶」(鹿児島県)、「砂丘らっきょう」(鳥取県)、「八丁味噌」(愛知県)、「三輪素麺」(奈良県)、「市田柿」(長野県)など多数の生産者団体が登録申請中で、近く第2弾、第3弾が発表されることだろう。


 地理的表示保護制度は、世界貿易機関(WTO)協定でも認められている制度で、産品の名称を知的財産として保護するもの。英語ではGeographical Indication と呼ばれ、その頭文字をとって、GIと表記されることが多い。今では100カ国以上で導入されていて、国際的に広く知られている。わが国では制度導入が遅れ、昨年6月1日になってやっと「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」が成立した。


 GI制度は特に欧州で発達していて、わが国はEU(欧州連合)の制度を参考に制度を設計した。まず、生産者団体などが地理的表示を生産地や品質の基準とともに登録を申請する。その産品が優れた特性と地域とを結びつけるブランド品であると国が認定すれば登録される。いわば、国が産品の品質について「お墨付き」を与えるのである。


 基準を満たす産品には地理的表示の使用が認められ、「GIマーク」を付けることができる。このGIマークにより、他の産品との差別化が図られる。欧州ではGI産品の価格は、非GI産品より平均して2.2倍も高い。価格が高くても、消費者は高い品質を評価して購入してくれるのである。たとえばイタリア北部のパルマ地方で生産されている「パルマ・ハム」や、やはりイタリア北部の限られた地域で生産されているチーズ「パルミジャーノ・レッジャーノ」などが有名である。


murata_colum82_1.jpg 他の産地が、GI産地を名乗るなど地理的表示を不正に使った場合には、行政(国)が取締ってくれる。GI制度に似た制度として「地域団体表示」がある。たとえば「関サバ」である。豊予海峡で漁獲され大分市の佐賀関に水揚げされるサバのことで、商標登録されている。他で獲れたサバを「関サバ」と名乗る者がいれば、商標登録違反として訴えることができるが、裁判を経なければならない。GIに登録されると、訴訟を経なくても行政が取締り、違反者には罰則も課される。

 生産者は登録された団体に加入するなどして「地理的表示」を使うことができる。いわば地域共有の財産として地域の生産者が使える。その代わり、GIを表示する生産者は、決められた生産方法で生産するなど、産品の品質管理に責任を負うことになる。


 もう数十年前になるが、北イタリアのパルミジャーノ・レッジャーノのチーズ生産工場を見学したことがある。やや硬めのチーズで、その芳醇な香りと風味は、他のチーズの追随を許さない。生産工程は極めて単純だった。生乳を固めて大きな太鼓形にし、塩の入ったプールに漬け込むだけである。なぜ、他の地域ではまねのできない美味しいチーズができるのか。「この地域の牧草を食べた牛から搾った生乳を使っているから」と、工場の担当者が誇らしげに説明してくれたのを覚えている。

 生産方法をまねたとしても、パルミジャーノ・レッジャーノは作ることはできない。カギは、この地方の牧草を食べた牛の生乳になる。他の地域の牧草を食べた牛の生乳では、この香りが出ないのである。まさに、地域と品質が深く結びついている。


 わが国のGIに登録される産品には、地名が含まれていることが多い。第1弾として登録された7品目にはすべて地名がついている。しかし、申請中の中には鳥取県の「砂丘らっきょう」のように、具体的な地名のない産品もある。地名がついていなくても、「産品の優れた特性と生産地とが結びついている」のであれば登録は可能である。


 逆にいえば、特性と生産地とが結びついていなければ、地名がついていても登録は難しい。たとえば、「コマツナ(小松菜)」。小松菜の名称は現在の東京都江戸川区の「小松川」地域で生産されていたことからついた名称である。しかし、現在では関東各地にとどまらず福岡県など全国各地で生産されている。地域と深く結びついた産品であって初めて、GI表示保護が地域農業や地域経済の振興に結びつくのである。単なるブランド保護と違うポイントはこの点にある。 (2016年1月25日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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