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2015年10月26日
農産物の輸出に後ろ向きでいいのか
ジャーナリスト 村田 泰夫
環太平洋経済連携協定(TPP)が大筋合意した。わが国の農産物の81%が「関税ゼロ」となる。これまでにない大幅な市場開放である。「安い海外産農産物が、どっと入ってくる」「日本の農業はつぶれてしまう」と、農業者が不安にかられる気持ちはわかる。だが、TPPに参加する11カ国も、自国の農産物市場を開放する。日本以上に開放し、その自由化率は100%に近い。であるなら、海外市場に出ていくしかない。
とはいえ、農産物の輸出は簡単ではない。多くの障害がある。そもそも、価格競争力があるのか。いくら日本製の果物や牛肉、それにコメの品質がよいとはいえ、「超」のつく高価格では、輸出数量の増大は見込めない。関税がゼロとなったところで、値ごろ感のある価格水準にまで値下げできればいいが、それが見込めるかどうかが課題である。
農産物の輸出には関税以外の障害がある。「非関税障壁」と呼ばれることで、たとえば検疫である。日本産の果物には病害虫がついている恐れがあるとか、かつてBSE(いわゆる狂牛病)を発生させた日本からの牛肉の輸入は認めないとか、さまざまな理由で、日本産農産物の輸入を規制している国や地域がある。あるいは東京電力福島原子力発電所の事故を理由に、福島県など近隣の県産品の輸入を規制しているところもある。
病害虫については、輸出国である日本がきちんと対応策を取ることで輸出が可能だが、それにはたいへんなコストがかかり、手続きがいる。非関税障壁は、基本的に農業者や輸出業者の努力で打開できる事柄ではない。政府が相手国政府と粘り強く交渉して、障壁を取り除かなくてはならない。相手国の中には、輸入制限の名目に検疫などの条件をつけているところもあり、非関税障壁をなくすのは容易ではない。
さらに、為替の変動を懸念する声もある。いまでこそ、米国ドルに対しては円安に振れていて、日本の農業者にとっては輸出しやすい環境にある。しかし、円高に振れれば、輸出はしにくくなる。為替レートは市場の動向によって大きく変動するのが常であり、変動を嫌う農業者や輸出業者にとっては心配の種は尽きない。
先日の農業専門紙に「諸外国の関税はすでに低く、関税がゼロになっても輸出拡大は不透明」という記事が載っていた。「TPPによって日本産農産物の輸出拡大の好機」という政府の「宣伝」に乗せられて、TPP合意を肯定的にとらえてはいけないという思いがあるのだろうか。
しかし、大筋合意した今、いつまでも輸出しにくい理由をたくさん並べて、輸出に後ろ向きの姿勢を取っていても生産的ではない。時代の変化の節目に、「やりたくない」とか「やれない」理由を見つけてきて反対し続けるやり方には限界がある。
かつて、時代の変化に取り残された事例は、いくつもある。有機農産物がそうだった。農薬や化学肥料を使わないで栽培すると、野菜は虫に食われ、水田は虫の巣窟になる。一部のこだわり農家が取り組むのならともかく、有機農法を普及させれば消費者・国民に安定的に農産物を供給することはできない。これが有機農産物にブレーキをかける慎重論者の主張だった。
いまや、有機農法で栽培された野菜はもちろん、農薬や化学肥料の使用量を抑えた特別栽培米が広く栽培されている。おいしくて安全な特別栽培米を売りにしている農協もあらわれている。
生産者農家が消費者に直接販売する「直売所」の設置やインターネットによる「ネット販売」、それに地域農協が県や全国の連合会を通さず直接、卸業者や消費者に販売することにも、当初、横やりが入ったことがある。生産者の直接販売には「代金の回収が難しく、だまされることもある」と、ブレーキをかけようとした。
いまでは、農業者や第三セクターの設置する「道の駅」や直売所は大にぎわいで、消費者の支持を得ている。代金の取りっぱぐれという事例も聞かない。遅ればせながら農協自身も直売所の経営に乗り出し、年間数億円もの売り上げをあげる「繁盛店」も出ている。
そして今の課題は、輸出である。国内市場は人口の減少と高齢化で、農産物の需要は減る一方である。しかし、目を世界に転じれば、海外の農産物市場は大きくなるばかり。とくに日本に近いアジア市場の成長は著しい。人口増に加え、経済発展に伴い、富裕層が増えている。彼らは、わが国が得意とする、品質のいい農産物を欲しがっている。従来は、ごく一部の富裕層の贈答用としてしか需要のなかった日本産農産物が、富裕層の下の中間層の日用使いに使われるようになって、市場が急速に広がっている。
先日、注目すべき記事があった。JA宮崎経済連と九州経済連合会(九経連)が共同で農産物の輸出会社「九州農水産物直販」を設立した。農協と経済界が一緒になって、香港などアジアに農産物を定期的に輸出する会社である。農産物輸出の障害となる事柄は探せばいくらでもあるが、やる気さえあれば、克服することは可能である。(2015年10月23日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。