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ぐるり農政【101】

2015年8月28日

TPPを漂流させた「悪者」はだれか

ジャーナリスト 村田 泰夫


 7月末にハワイで開かれたTPP(環太平洋経済連携協定)の閣僚会合で大筋合意に達するはずだったのに、流れてしまった。9月中に閣僚会議が再開されれば年内署名の可能性も残されているが、へたをすると交渉は越年し、漂流する危機にある。その原因をつくった「悪者」探しが始まっている。


murata_colum101_0.jpg 先手を取ったのは、日本の甘利明TPP担当相だ。ハワイ会合が決裂した直後の8月1日(日本時間)、現地で記者会見した甘利氏は「某国は過大な要求をされて(略)、もうちょっと妥当な要求に頭を冷やしてもらわないと」と語った。

 「某国」とはニュージーランド(NZ)のことである。日本などほとんどの国が今回の会合を最後に合意したいと臨んだが、土壇場になってNZが、乳製品の関税の撤廃ないし膨大な低関税枠の設定を各国に求めて譲らなかったという。ハワイ会合決裂の「犯人はNZだ」という説が世界中を駆け巡った。

 これに対し、NZのグローサー貿易相は「われわれは大幅に譲歩しているのに、(他国が)受け入れようとしない」と語り、決裂の犯人は、乳製品の大幅な輸入拡大を拒み続けている米国やカナダ、日本だと言いたげだった。


 そもそもTPPは、2006年に発効した「P4」と呼ばれる4カ国間の自由貿易協定が下敷きになっている。現在12カ国間で話し合われているが、実はP4の拡大版なのだ。その4カ国とは、シンガポール、NZ、チリ、ブルネイだ。いわば「元祖」であり創設メンバーであるNZとしては「関税撤廃を原則とする高レベルな自由貿易協定のはずが、例外だらけの交渉になっている」ことに不満がある。

 12カ国の中には、「あまりごちゃごちゃ言い張るのなら、NZ抜きで合意し、NZには後から入ってもらえればいいではないか」という強硬意見もある。日本もNZに対し「のけ者にされる危険」を、冗談交じりで指摘しているようだが、創設メンバーを外した合意は難しい。


murata_colum101_1.jpg ここにきて「ハワイ会合決裂の本当の『犯人』は米国である」という「米国犯人説」が急浮上してきている。「米国犯人説」を流しているのは、自民党農林族のドンで自民党農林水産戦略調査会長・西川公也氏で、8月末の記者会見で明言した。西川氏はその根拠を詳しく語っているので、それを紹介してみよう。


 西川氏はハワイ会合後、真相を知ろうと、NZの駐日大使にただした。NZ大使は「乳製品が最大の輸出品目なので、要求水準を下げるわけにはいかない」としながらも、「商業ベースで成り立てばいい」と言っていたという。つまり、乳製品をいくらでも輸入しろと無理難題を要求しているのではなく、NZの酪農がやっていける範囲でいいということらしい。「NZがTPP交渉決裂の原因にならない」と西川氏は確信したという。

 ハワイ会合決裂について、西川氏は「最終的にはUSTR(通商代表部)のフロマン代表が決断できなったため」と見ている。米国にとって最終段階での最大の問題は「バイオ新薬のデータ保護期間」である。フロマン氏は、強い政治力のある製薬業界から「12年以上」で譲るなという強い要請を受けていて、身動きができなかったらしい。


 TPP交渉の進展に向けて、オバマ政権はTPA(貿易促進権限)法案の成立に苦労した。米国では通商協定の権限が議会にあり、貿易交渉を一括しておこなう権限を、大統領府は議会から事前に取り付けておく必要がある。そのTPA法案を通す際、製薬業界から「譲るな」という強い条件を突き付けられていた形跡がある。

 新薬のデータ保護期間は、米国が12年、日本が8年、NZと豪州が5年と主張している。落としどころは、中間である日本の8年といったところだ。米国が12年を譲らなければ交渉は決裂する可能性が高まる。フロマン代表が米国議会の有力者であるハッチ上院財務委員長(共和党)を説得して譲歩するかどうかにTPPの行方はかかっている─というのが西川氏の見立てである。


murata_colum101_2.jpg TPPが漂流してしまうのかどうか、もう一つのカギは「時期」である。年が明けると米国は大統領選挙モードに突入してしまう。与党の民主党内には、自由化で国内の雇用が失われるのではないかという懸念の声がある。一方の共和党内にはTPP推進派が多いとはいえ、オバマ大統領の得点になるTPP妥結という成果を大統領選の直前に挙げてもらいたくない。TPP協定案の審議が、本格的な大統領選に突入する前でないと、米国議会の承認を得るのは難しい。


 大統領がTPP協定に署名するには、米議会の承認が必要だが、米国には「署名の90日前に議会に通知しなければならない」という「90日ルール」がある。年内に米大統領が署名するには、9月末までに大筋合意に達しなければ間に合わない。オバマ大統領は8月26日、安倍晋三首相に電話して「9月中の合意をめざす」と言ったそうだ。TPPは、まさに正念場にさしかかっている。 (2015年8月27日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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