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ぐるり農政【100】

2015年7月27日

「国会決議を守れ」は目くらまし

ジャーナリスト 村田 泰夫


 TPP(環太平洋経済連携協定)交渉が合意に向けて大きく動き出すにつれ、反対する農業団体から「国会決議を守れ」の声がいっそう高まってきた。重要品目である「農産物5品目の聖域を確保すべきだ」という趣旨の国会決議を尊重し、安易な妥協は許さないという政府への牽制である。

 これに対し、安倍晋三首相や甘利明TPP担当相それに林芳正農水相は、口をそろえて「守るべきところは守り、攻めるべきところは攻め、国会決議を順守して交渉に臨んでいる」と答えている。農業団体や自民党有志議員による陳情に対し、政府の首脳陣が「国会決議を守る」と答えてくれるので、陳情団は「よろしく頼む」と念を押すだけに終わり、それ以上の追求はできないでいる。ひょっとして、「国会決議を守れ」は、目くらましではないかと思えてくるのだが、どうだろうか。


murata_colum100_3.jpg TPP交渉は、7月末にハワイで開かれる閣僚会合で、合意へ向け大きく動くと観測されている。事態の急展開を「重大局面」の到来と受けとめた自民党の議員連盟「TPP交渉における国益を守り抜く会」の江藤拓会長らは7月23日、安倍首相に直訴した。農産物の重要品目の「聖域」を確保するという国会決議を順守し、確保できなければ脱退も辞さない覚悟で交渉に臨むべきだと申し入れた。首相はうなずいていたという。国権の最高機関である国会決議に反する言説を首相が述べるはずもない。


 「国会決議を守れ」に対し、「はい、国会決議を守ります」という返答を得て、TPP反対派が安心していいのだろうか。どのような内容でTPP交渉が妥結するのか、現段階ではわからない。しかし、妥結後におそらく、政府は「ぎりぎり国会決議を守れた」と釈明し、反対派は「国会決議を踏みにじった」と強烈な不満を表明することであろう。あらためて、「国会決議」とはどういう内容なのか点検してみる必要がある。


 TPP交渉について自民党内には当初から、「原則として関税をすべて撤廃する」TPPに強い反対論が渦巻いていた。食料自給率の低下や地域社会の崩壊を招くだけでなく、食の安全・安心がおびやかされる懸念があったからである。

murata_colum100_1.jpg ところが、平成25(2013)年2月にワシントンで開かれた日米首脳会談後の共同声明に「日本には一定の農産品、米国には一定の工業製品というように、両国とも二国間貿易上のセンシティビティが存在することを認識した」と明記された。つまり、TPP交渉は「聖域なき関税撤廃」が前提でないことが、この共同声明で確認されたとして、日本政府は同年3月15日になって交渉参加を決めたのである。自民党の農林族も「聖域なき関税撤廃」が原則でないのならやむをえないと、しぶしぶ交渉参加を容認したという経緯があった。


 その代わりというわけではないが、TPP交渉参加に当たって、参議院は4月18日、衆議院は翌日、それぞれ農林水産委員会で「環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉参加に関する決議」を採択した。これが国会決議であり、その骨子は以下の2項目にある。

「米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物などの農林水産物の重要品目について、引き続き再生産可能となるよう除外又は再協議の対象とすること。10年を超える期間をかけた段階的な関税撤廃も含め認めないこと。」

「交渉に当たっては、二国間交渉等にも留意しつつ、自然的・地理的条件に制約される農林水産分野の重要5品目などの聖域の確保を最優先し、それが確保できないと判断した場合は、脱退も辞さないものとすること。」


 国会決議のキモは「農産物5品目の聖域を確保し、それができない場合には脱退も辞さない」というところにある。農産物5品目について「除外又は再協議」とあるが、「引き続き再生産可能とならないようなら」という条件付きだ。「再生産可能な範囲で合意できるのなら」交渉対象としていいと読むべきだろう。

 したがって、国会決議を守れるかどうかは、「5品目の聖域を確保できるかどうか」の一点にかかっていると言ってよい。

murata_colum100_2.jpg この「聖域」の解釈があいまいなのである。農業団体の機関紙には「『広辞苑』によれば聖域とは『手を触れてはならない分野』のことである」とある。農産物5品目については手を触れてはならない分野だといいたげである。ところが実際の交渉では、牛肉や豚肉については関税の引き下げが必至だし、米については、米国や豪州に対して一定量を無税で輸入する枠の設定で妥結する方向である。しかし、いずれも関税の撤廃に日本は応じない。


 政府の解釈する聖域とは「関税の撤廃」にあるのではないか。TPP交渉参加を決めた平成25年2月の日米首脳会談で「聖域なき関税撤廃」の原則をはね返し、現在交渉しているのは「関税の段階的な引き下げ」である。「関税の撤廃」に応じない限り、「聖域」を守り通したと言い張れるとみているようだ。「聖域」の解釈が同床異夢では、妥結後の混乱は必至である。(2015年7月24日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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