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2015年6月26日
都会の高齢者を田舎に?
ジャーナリスト 村田 泰夫
東京圏の高齢者を地方に移住させるべきだ -増田寛也元総務相が座長を務める日本創成会議が、また物議をかもす提言を公表した。昨年5月に「消滅する市町村523全リスト」を公表したシンクタンクだ。
東京など1都3県の東京圏に住むお年寄りがさらに高齢化すると、介護需要が増える。だが、施設と介護要員が東京圏では足りない。そこで、医療や介護に余力のある26道府県の全国41地域に移住させるべきだ。これが提言の趣旨である。
数合わせで考えると「なるほど」と思えてくる。介護施設や要員の足りない都会から、比較的余裕のある地方にお年寄りを移住させれば、問題は解決する。極めてわかりやすい数合わせの話だ。「消滅する市町村」でも、その論拠は数合わせだった。子どもを産む若い女性の数が減るという現在のトレンドを延長させれば、農山村の人口は減り続け、30年後には若い人がいなくなり、消滅するという論理だった。
「現在のトレンド」を延長させ、予想される事態を描き出し、「たいへんだ、危機だ」、「消滅するぞ」、「移住させろ」と叫んでも、せんないことである。前向きの対応策を考える元気が出ないし、明るい展望も見出せない。
地方消滅論で日本創成会議は、「人口が減れば自治体が成り立たなくなる」と言っている。その根拠は、人口が減り続けている現在の統計数字を将来に引き伸ばしただけの話である。ところが、都会の若い女性の中に「田舎」に移住して心豊かな暮らしを求める「田園回帰」の動きがある。その動きはまだ小さく、大きなトレンドになっていない。しかし「田園回帰」の動きに着目し、そうした動きを支援し加速させる方策を考えれば、地域社会の将来を見る目が違ってくる。人口減少の現在のトレンドに歯止めをかけることもできるかもしれない。
また、「人口1万人を割る小規模自治体は成り立たない」と論拠なく切り捨てる日本創成会議の論理には、あまりにも知恵がない。人口の少ない自治体でも、効率よく、かつ、住民サービスを充実させた自治体はいくらでもある。欧州など外国にはもちろん、日本国内にもたくさんある、キラリと輝く小規模自治体から学ぶ姿勢が大切である。
さて、都会の高齢者である。高齢化率の高い「過疎」だとか「田舎の田舎」といわれる農山村を訪ねてみると、おやっと感じることがある。お年寄りの「認知症」問題が顕在化していないのである。人間だれしも年をとれば、体調を悪くしたり記憶力が衰えたりしてくるものである。農山村の高齢者も例外ではない。一部の高齢者は、「老人ホーム」や「介護施設」に入っている。しかし、介護施設に入れない認知症患者の存在が地域で問題化していることは、まずない。多くの農山村では「高齢化対策」は終了しているのである。
農山村のお年寄りたちは、農業経営から身を引いても、庭先で野菜を育てるなどの仕事や作業に携わっていることが多い。そのためか、腰が曲がっていても、足腰はしっかりしている。足腰が立たなくなった時にポックリ逝くという「理想的な」? 老後を過ごしている人が少なくない。
一方の都会のお年寄りたちはどうか。職場を定年退職した高齢者たちは、その後、地域社会で必要とされないし出番もない。身体を使わないし頭を働かせることもない。認知症になっても、介護などケアの整った施設に入ることも難しい。順番待ちで、空きがないのである。
そこで、施設に余裕のある地方都市に都会のお年寄りを移せばいいというのが日本創成会議の提言なのだが、そんな身勝手な「解決策」が許されるのだろうか。
高齢者の中には「定年後は農山村で野菜などを作ってのんびり暮らしたい」と、田舎暮らしにあこがれを抱く人たちが、いつの時代にもいる。彼らが自主的判断で田舎に移り住むことは自由であり、農山村の自治体の中には歓迎する動きもある。しかし、介護が必要になったお年寄りを地方都市の空きのある介護施設に移せというのは、まるで現代の「姨捨山」である。
東京圏を中心とした都会に要介護のお年寄りが滞留しているのは、「都市の時代の終焉」を意味していないだろうか。都心の職場に郊外のマイホームから通っている「現役」の時代はよかった。役割も出番もあった。ところが、定年になってみると、都市の高齢者たちは孤立している。家族らから仕事の役割も与えられてない。町内会や自治会の活動に積極的に参加できない。人と人との関係で成り立つコミュニティが希薄な都会で、高齢者は邪魔者にされている。だから、認知症問題が顕在化しているのではないだろうか。
都会の高齢者対策や介護問題は、都会でコミュニティを再建することから解決の道を探るべきである。都会でもお年寄りたちが、役割と出番を与えられ、いきいきと暮らせる環境を構築することに、日本創成会議は目を向けるべきであった。 (2015年6月26日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。