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ぐるり農政【97】

2015年4月24日

アベノミクス農政のめざすもの

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


 アベノミクス農政とは、いったい何なのだろうか。農政の骨格づくりを族議員に委ねてきた歴代の自民党内閣と異なり、安倍政権になってから「政高党低」が際立つ。農協など農業団体の意を受けた族議員の働きかけを一蹴し、担当官庁である農林水産省の意向すら時に無視する。「官邸一強」ともいえるアベノミクス農政には、何らかの強い意志を感じる。その意志とはどんなものなのだろうか。


murata_colum97_1.jpg 現在の農政のグランドデザインである「農林水産業・地域の活力創造プラン」は、内閣に置かれた「農林水産業・地域の活力創造本部」が平成25(2013)年12月に決定した。農政を担当する農林水産省は、このプランに沿って政策を展開することになっているから、農水省は官邸のいわば下請けである。

 プランはだれが作ったかといえば、内閣総理大臣の諮問機関である規制改革会議と、首相を議長とする産業競争力会議である。もちろん農水省の協力を得ているが、議論を主導したのは両会議である。規制改革会議の議長は、住友商事相談役の岡素之氏であり、その農業ワーキンググループの座長は、フューチャーアーキテクト会長兼社長の金丸恭文氏である。また、産業競争力会議の農業分科会の主査は、ローソンCEOの新浪剛史氏である。いずれも経営感覚に優れた経済人だが、いわゆる農業関係者ではない。

 農業関係者でない経済人がトップに就き、議論を主導した。このため、「農業の素人が乱暴な改革案をまとめた」という批判が農業団体の中にあるが、それは的外れである。改革案についての批判はもちろんあってよい。しかし、農政や食料問題は国民全体の関心事であり、農業生産者団体や農業関係者だけで決められてきた、これまでの政策決定過程のほうが、むしろ異常であった。生産者の視点が大切なことはいうまでもないが、農政の検討には消費者の視点、納税者の視点、経営者の視点など多角的な視点が欠かせない。

 それはともかく、アベノミクス農政の意志(めざすもの)は、とくに農協改革を巡る議論を検証する中で、その輪郭が浮かび上がってくる。


murata_colum97_2.jpg 第1に、成長産業化をめざす日本農業の担い手を確保するため、企業や非農家出身者を問わず経営マインドのある新規参入者に門戸を広く開放しようとしていることである。既存の農業者に対しては、生産や販売に熱心な認定農業者を支援し、農業者であっても農地を有効に活用しない者には厳しい姿勢をみせる。

 農地中間管理機構(農地集積バンク)が集積した農地の貸出先について、企業や非農家出身者を含む「やる気のある者」を公募で決めることにしたのは、新規参入の門戸を広げようとする意志のあらわれである。地域農協の役員について、「理事の過半数を認定農業者や農畜産物の販売のプロとすること」としたのは、農協経営は地域の名士などの名誉職でつとまるほど甘くないという考え方があるからである。


 第2に、農業者にもっと経営センスを磨いてもらうため、規制を緩和しようとしたことである。農協に対し「農業者に事業利用を強制してはならない」とする規定を設けたのは、農協は農業者の経営を縛ってはならず、もっと自由度を高めてやるべきだとの思いが反映している。

 農協自身も、県連合会や全国連合会の指導や言いなりになる安易な経営に安んじていてはならない。「農協の利益を増やし、それを農業者に還元できるようにする」として、農協同士の切磋琢磨や競争を促そうとしている。全中による地域農協に対する強制監査権を外すことにしたのは、全中や全農など全国連合会のくびきから離れ、自由度を高めた農協が創意工夫を競う合う姿を思い描いているからである。


murata_colum97_3.jpg 第3に、一般企業にも農地を所有できる方向を示したことである。これまで、農地を所有できる農業生産法人には、役員の過半が農作業に従事していなければならない「役員要件」と、出資者の4分の3以上が農業関係者でなければならない「構成員要件」があった。しかし、それでは経営革新や技術革新に意欲的でマネジメントにたけた人材が育たないうえ、農外企業から出資者を募るのも難しい。今後、役員要件は「役員または使用人のうち1人以上が農作業に従事していればよい」こととし、構成員要件は「農業関係者が2分の1以上ならよい」こととした。

 農業関係者の出資比率が2分の1以上という規制が残るので、見直し後も依然として一般企業が農地を所有することはできない。しかし、今回の改革案の中に「更なる見直し」の方向性が示されている。リース(賃貸)方式による企業参入は全面的に認められているが、所有方式についても、5年後をめどに企業参入に道を開こうというのである。

 その場合でも、企業が耕作放棄地にしたり産廃置場にしたりした場合には、国による没収など原状回復を命じることができるような規定を設けるとしている。これは、所有方式による企業参入に根強い抵抗が農業界にあることから、あらかじめ厳しい規制を設けることを予告することで、懸念を払拭しておくねらいがあるのだろう。


 日本農業のあるべき姿について、アベノミクス農政は小農や家族農業を否定しているわけではない。しかし、マネジメント能力にたけていて、経営センスのある経営体を育てることで、成長産業化をはかりたいという強い意志をはっきり読み取ることができる。(2015年4月23日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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