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ぐるり農政【96】

2015年3月25日

劣化している食料自給力

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


 日本農業の潜在的な生産力は、近年劣化していることが明らかになった。わが国の食料自給率は、カロリーベースでみると、17年前からずっと40%前後で推移している。上昇こそしていないが、大きく下落もしていない。日本農業の実力は「衰退している」という悲観論をよそに、なんとか現状維持を保っているのではないか─。そう思っていた私には、大きなショックだった。


 潜在生産力の劣化が明らかになったのは、3月下旬に農水省の食料・農業・農村政策審議会がまとめた基本計画の「食料自給力」指標の動向分析によってである。

 食料自給力という指標が盛り込まれたのは、今回の基本計画が初めてである。これまで「食料自給率の向上」が農政の大きな柱に据えられてきたが、どうもおかしいのではないかという疑問が出てきたからである。


murata_colum96_2.jpg 5年前に決められた前回の基本計画は、政権を握ったばかりの民主党政権の下で作成された。民主党政権は、自給率目標について、10年後に「50%」という高い目標を掲げた。「わが国の持てる資源をすべて投入した時に初めて可能となる高い目標」という但し書きがついているとはいえ、「過大な目標」という批判がついて回っていた。なぜなら、平成25年の食料自給率は39%で、40%を超えることすら難しいのが現実だからである。

 実現可能性のない目標を掲げることは、農政への信頼を失わせる。そこで、今回の基本計画では、「自給率」の目標を、以前の自民党政権が掲げていた「45%」に戻したうえ、新たに「自給力」という概念を導入することにした。


 そもそも自給率目標を掲げることになった理由の一つに、国民の間にある食料安全保障に対する不安解消があった。万が一の場合、国民が飢えてしまっては困る。食料の安定的な供給は、国家最大の役割の一つ。いざという場合でも最低限の食料を国内生産で確保できるだけの自給率を維持すべきではないかということで、自給率の向上がうたわれた。


 食料自給率の目標はカロリーベースで掲げられる。すると、農業生産の中でも、野菜はカロリーが低いし、花きなど非食用農産物は自給率の向上に役立たない。自給率の向上に役立たないからといって、野菜や花きの生産をないがしろにしていいわけではない。万が一、食料の輸入がストップした場合には、野菜畑や花卉畑でカロリーの高いイモ類を生産すれば、国民は飢えなくて済む。食料の潜在的な生産能力を維持しておけばいいのではないかという考えから、「食料自給力」を算出することにした。


murata_colum96_1.jpg もう少し具体的に説明すると、農地、技術、担い手という農業の潜在生産能力をフルに活用して熱供給量が最大となるように作付けた場合、どれだけのカロリーを国民に供給できるかという数値をはじいたものが食料自給力である。

 約50年前の昭和40(1965)年度までさかのぼって算出したところ、興味深い傾向が読み取れることがわかった。農水省は、昭和40年度から昭和51(1976)年度までの11年間をフェーズI、51年度から平成2(1990)年度までの14年間をフェーズⅡ、2年度から25(2013)年度までの23年間をフェーズⅢと分類して分析してみた。

 この間、カロリーベースの食料自給率の推移をみてみると、フェーズⅠでは73%から53%へ20ポイントも大きく落ち込んだ。フェーズⅡでは53%から48%へ5ポイントの落ち込みですんだが、フェーズⅢでは48%から39%へ再び9ポイントと、やや大きく落ち込んでいる。

 フェーズⅢをさらに分解すると、平成2年度から9年度までは、自給率は48%から41%へ落ち込んでいるものの、9年度以降は現在(25年度)までの17年間もの長期にわたり、41%と39%の間を上下し、40%前後の水準を維持している。この事実から、「わが国の生産力は維持されている」という理解が広がっていたとみられる。


murata_colum96_3.jpg ところが、潜在生産力である自給力の推移をみると、まったく違う傾向を見ることができる。

 「栄養バランスを一定程度考慮して、主要穀物(※、小麦、大豆)を中心に熱量効率を最大化して作付けする場合」、①フェーズⅠでは、おもに農地面積の減少により2035kcal(人・日)から1885kcalに減った、②フェーズⅡでは、水産物の生産量が増えたうえ、汎用水田と畑地かんがいの整備が進んだことから1885kcalから1921kcalへ増えた、③フェーズⅢでは、農地の減少、単収の伸び悩み、水産物の漁獲量減少から1921kcalから1441kcalへ大きく落ち込んだ。


 フェーズⅢの落ち込みが大きいのである。自給率が横ばいだからといって、安心していられない。潜在生産力の劣化は深刻にとらえなければならない。農業の生産要素である「農地」「技術」「人」の確保は、すぐにできるものではない。ふだんから優良農地を確保しておくこと、消費者や実需家の望む高品質な農産物をたくさん作る技術をみがいておくこと、農業生産を支える若い担い手を育て続けること。農業を強くする基本にいつから取り組むべきか。いまである。(2015年3月24日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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