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ぐるり農政【90】

2014年9月24日

「自治体消滅論」をはね返そう

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


 「自治体消滅論」が話題になっている。増田寛也・元総務相、元岩手県知事が代表を務める日本創成会議が、今年5月に「消滅する市町村523全リスト」を公表した。名指しされた自治体の中には、落胆し自治体運営の意欲を殺がれたところもあったようだ。一方、どっこい、そんなレッテルをはね返そうと、地域おこしに頑張っている自治体もある。


 自治体が消滅する危機にある根拠として、増田レポートが挙げたのは、人口の「再生産力」である。子どもを産む可能性の高い「20~39歳の女性人口」の動向に注目した。「若年女性人口が減る限り、人口の再生産力は低下し続け、総人口の減少にも歯止めがかからない」という。


murata_colum90_1.jpg 国の社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口」(平成25年3月推計)のデータをもとに、日本創成会議が試算すると、2010年から40年までの間に、「20~39歳女性人口」が5割以下に減少する自治体の数は、全国1799自治体の49.8%に当たる896にのぼる。若年女性人口が5割も減る市町村では、いくら出生率を上げたところで人口の減少に歯止めがかからない。全国の自治体の約半数が、増田レポートによれば「消滅の可能性がある」というのである。


 消滅可能性のある896自治体のうち、2040年時点で人口が1万人を切る小規模自治体は523(全体の29.1%)にのぼるが、これらの自治体は「より深刻」だという。医療、福祉などの行政サービスの維持が難しくなり、「このままでは消滅可能性がさらに高いといわざるを得ない」と言い切る。これが「自治体消滅論」である。


 増田レポートは、「いたずらに悲観論を述べているわけではない」とことわっている。国勢調査のデータをもとに、人口減少の要因が若年女性人口の減少と、地方から大都市圏(とくに東京圏)への若者の流出の2点にあるという現実を見据え、早急に少子化対策と東京一極集中対策を同時におこなう必要がある。国民が基本認識を共有し、適切な対策を打てば、人口の急減を回避できるという提言なのだという。

 「自治体消滅論」の反響は大きかった。まず、消滅すると名指しされた市町村の中には、「いずれ消滅するのなら、もうあきらめる」という「あきらめ論」が、住民の間に広がることを懸念する声がある。

murata_colum90_2.jpg また、中央政府(霞ヶ関)の中には、増田レポートをきっかけに、小規模自治体をなくす「市町村合併」を再び推進する好機ととらえる向きも出てきそうだ。増田レポートで人口1万人以下の自治体を「消滅の可能性がかなり高い」と決めつけていることが、合併論者には都合がいい。


 市町村消滅論に呼応する形で、安倍晋三政権は内閣に「まち・ひと・しごと創生本部」を設置、地方の人口減少問題や地域活性化策に取り組むことになった。このこと自体は悪くはないが、「地方創生」という名称を使えば予算が通りやすくなるのか、各省庁はさまざまな事業構想を打ち上げている。総務省の「地方中核拠点都市」構想や「定住自立圏」構想、国土交通省の「国土のグランドデザイン2050」などである。国土交通省の構想の中には、「コンパクトシティ」や「小さな拠点」づくりも含まれる。


 人口減少社会の到来という現実を直視し、危機感を共有するという増田レポートのねらいに異論はない。だが、現実に起きていることは、地方に広がりかねない「あきらめ論」であり、霞ヶ関が好機ととらえる「小規模自治体つぶし」と「予算分捕り合戦」である。

 人口減少社会に突入していることは、だれもが認識していることである。どの自治体も少子化対策に取り組んでいる。過疎といわれる地方の自治体は、定住人口を増やそうと、さまざまな努力をしている。いま政府が取り組むべきことは、小さな自治体に「消滅するぞ」と脅かすのではなく、小さくてもキラリと光る「魅力ある田舎」づくりを支援することである。


murata_colum90_3.jpg 増田レポートで最も説得力のない点は、人口1万人以下だとなぜ消滅せざるを得ないのか、わからないことである。2010年時点で人口が1万人を切る自治体は、全体の25.1%を占める451にのぼる。これらの自治体が現在、行政サービスが行き届かず、「消滅の危機」に立たされているという話は聞かない。

 もう一つ、増田レポートには近年の注目すべき動きが反映されていない。2010年の国勢調査のデータをもとにしているからやむを得ないのだが、過疎の市町村に都市部から若者が移住するIターンの動きが反映されていないのだ。この「田園回帰」の動きを詳細に分析すれば、消滅するといわれる自治体再生のヒントが隠されているのではないか。


 最近になって、過疎という言葉発祥の地といわれる島根県で、わずかだが人口の社会増に成功している隠岐の島の海士(あま)町、邑南(おおなん)町などの独自の取組みがマスコミに紹介されるようになったことは喜ばしい。手をこまねいていれば、地域は寂れる一方だが、創意と工夫次第では小さな自治体でも生き残れる。(2014年9月22日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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