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2014年9月 1日
「素人」の存在感が増す農政改革
ジャーナリスト 村田 泰夫
農政改革に、いわゆる「素人」の存在感が増している。誤解を恐れずに言うと、農業団体が「素人に牛耳られている」と思い込んでいるだけのことで、本当は素人ではない。
昨年末、政府の産業競争力会議の主導で決まったコメの生産調整(減反)の見直し、農地中間管理機構(農地集積バンク)の創設。そして今年に入ってから、やはり政府の規制改革会議の主導で決まった農業委員会の改組と農協改革。いずれも議論をリードしたのは、産業競争力会議においては農業分科会主査の新浪剛史氏だったし、規制改革会議では農業ワーキング・グループ座長の金丸恭文氏だった。
新浪氏はコンビニ大手のローソンの会長で、金丸氏はITコンサルタント会社、フューチャーアーキテクトの経営者である。農協など農業団体から見れば「農業のことを知らない素人にかき回されている」と強い不快感を抱くのであろう。新浪氏も金丸氏も農業経営に携わっているわけではないが、農業問題の素人ではない。むしろ、農業の現場から一歩距離を置いた立場にいるので、今日の日本農業の問題点と課題がよく見えるのではないか。
農協改革に対し、まな板に載せられた農協は「唐突感がぬぐえない」と反発する。「唐突感」という反応には、「農協改革なんて必要ないのに、なぜ素人が的外れなことを言い出すのだ」という思いが込められている。これでは自己改革の先行きが思いやられる。
専門家を自任する農協の意に沿う形で進められてきたわが国の農政は、現在、閉塞感にさいなまれている。内部にいては気づかない日本農業の問題点と課題を熟知した外部の有識者の提言が、日本農業再生の救世主として、高く評価される日が来るかもしれない。
これまで、農政の基本方針は、担当官庁である農林水産省が立案してきた。立法の最高機関は国会で、与党の農林関係議員つまり「農林族」が、農水省と調整したうえ、重要な政策は決めてきた。
圧力団体である農協は、事実上の拒否権を握る自民党の農林族に働きかけ、みずからの主張に沿うように農政を誘導してきた。政策は法律が通らなければ実現できないから、農水省は農林族の国会議員に頭が上がらない。農林族は農村票の集票マシンである農協などの農業団体に頭が上がらない。農協は補助金や行政指導を受ける監督官庁・農水省に頭が上がらない。この農水省─農林族─農業団体というトライアングルが、よくも悪くもわが国の農政を牛耳ってきた。
民主党政権の誕生で一時、崩れたトライアングルだが、自民党の政権復帰で、またトライアングルを再建できると期待していた農業団体は、安倍政権に「裏切られる」ことになる。「政高党低」といわれる政策決定手法が定着し、政策の決定が自民党の政策調査会・部会から、改革路線を突き進む安倍首相の率いる官邸に移ってしまったからである。
政高党低の現実は、TPP(環太平洋経済連携協定)や今回の農協改革論議の経過を見れば、よくわかる。TPP交渉への参加、早期妥結に向け、がむしゃらに突き進んでいる安倍政権の下で、自民党政調・農林部会の存在感は薄い。
農協にとって「お家の一大事」である農協改革についても、自民党農林族の動きは官邸に封じられた。「中央会制度の廃止、全農の株式会社化」案の阻止を掲げる農協の猛烈な働きかけにもかかわらず、官邸側との調整の結果、最終的にまとめられた改革案は、全中の廃止という文言こそ消えたが「どうとでも読める文章」に落ち着いた。依然として法律による全中の存続は厳しく、全農の株式会社化は路線が敷かれつつある。
金丸氏の活躍に、農業団体は「現場を知らない農業の素人による空理、空論だ」とか、「素人による農協に対するいわれなき中傷、批判だ」と批判してきた。この認識は誤っている。新浪氏もそうだが、金丸氏は農産物をはじめとする食品流通の専門家でもある。ことに金丸氏はコンビニのセブンイレブンのITシステム構築の立役者であり、素人ではない。
成熟社会を迎えたわが国の農業発展のカギは、マーケット・インにある。いってみれば消費者目線である。国内市場はもちろん、今後成長の見込まれる輸出市場においても、最終的な消費者や実需者がどのような農産物を欲しがっているのかという情報やデータなくして、農産物は売れない。これからの農業のあり方を考えるには、金丸氏や新浪氏のような人材が不可欠なのである。
しかも、金丸氏が座長を務める農業ワーキング・グループには、農業生産法人の代表ら専門家が加わっている。農協改革などの審議に当たって、全国の先進的農協組合長らからヒヤリングを重ねたのはいうまでもない。「素人がまとめた」という批判は的外れである。
規制改革会議の「農業改革の基本的視点」には「現状より未来に、今日より明日に目を向けさせる」という一項目がある。農業を魅力ある成長産業にし、農村を明るく開かれた地域にしようという夢が、規制改革会議にはあるのであろう。農水省が農業団体や農林関係議員と調整して作ってきたこれまでの農政とは、ひと味もふた味も違う新鮮な農政の展開を期待したい。(2014年8月29日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。