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2014年7月25日
「地域内でお金が回る」まちづくり
ジャーナリスト 村田 泰夫
梅雨が明けて夏休みシーズンを迎えた。私ごとで恐縮だが、6月末から7月上旬にかけて、スイスアルプスのふもとの山を歩いてきた。
マッターホルンのふもとの町として名高いツェルマットは、夏山の観光シーズン真っただ中で、世界中から訪れた観光客でにぎわっていた。ツェルマットの町に行くには、電化された鉄道しか交通手段がない。ガソリンやディーゼルのエンジン式のバスや車は市街地を走れない。自治体の条例で、電気自動車しか市街地を走ることが許されないからだ。
市街地に住む住民たちも、エンジン付きの車で乗り入れることはできない。自動車を所有している家庭では、町はずれの公共駐車場に自家用車をとめておき、小型の電気路線バスを利用するか徒歩で自宅まで歩く。電動式のタクシーがたくさん走っているから、移動に困ることは、まずない。
ツェルマットの町は、深い渓谷に開けた狭い平地にあり、エンジン式の車が走れば、排気ガスが充満し、健康な暮らしができなくなる。しかも、町の経済は観光で成り立っている。夏はマッターホルンの雄姿を眺めたりふもとを歩いたりするハイカー、冬は雄大なスイスアルプスを眺めながら滑るスキーヤーでにぎわう。そんな観光客は、きれいな空気を期待してやってくる。自動車の排ガスがこもる谷間の町にしてしまったら、町の死活問題になってしまうのだ。
左 :ツェルマットの市街地には、電気自動車しか走っていない
ハイキング・ガイドから興味深い話を聞いた。ツェルマットを走る電気自動車は、約500台あるが、そのすべてが地元の町工場で作られているというのだ。だからであろう。デザインは鉄板を張り合わせたような四角である。われわれが乗る乗用車のデザインは曲線美を誇り、かっこいいが、ツェルマットを走る電気自動車は「武骨」としかいいようがない。町工場では曲線美を誇る車は作れないのだろう。でも、それで不都合なことがあるわけではない。
電気自動車の製造は、エンジン式と比べると簡単である。半製品の車台(シャーシー)やモーター、バッテリー、ブレーキなどの制御装置、ハンドルなどの運転装置、それにタイヤを調達してきて組み立てれば出来上がるからだ。ツェルマットの町には電気自動車を作る町工場が3軒ある。1つの工場の従業員数は4、5人で、年間10台から20台作るのがやっとだという。
町の中を走る電気自動車のすべてが町内の工場で生産されているということが、ツェルマットという町の経済を潤わせているのではないかと思うのである。
まちおこしについての交流会の場に招かれたとき、私は「地域内での経済取引を増やして、カネ回りをよくしなければいけない」という趣旨のことをよく話す。「まちおこし」だとか「町の活性化」とは、地域の経済活動を活発にすることにほかならない。それには、地域内での経済取引の回数を増やさなければならない。工場を誘致するといった外部依存による地域振興とは異なり、取引回数を増やすことは、みずからの工夫でできることだ。
農家が大豆を生産して農協に出荷すれば、その取引回数は1回だ。大豆を地域内の豆腐屋に卸し、その豆腐屋が近くの旅館に納入して宿泊客に提供すれば、取引回数は3回に増える。豆腐屋が加工し旅館がおいしく味付けすることで大豆に付加価値が付き、地域に落ちるお金は、農協に出荷するときよりずっと多くなる。6次産業化で地域が元気になるのは、この原理が働くからである。
ツェルマットの市街地を走る電気自動車が、地域内の町工場で作られているということは、お金が域外に流出せず、地域内で資金が循環することを示す。その結果として付加価値が域内に滞留し、町に活気をもたらしているのである。
世界には、もっとかっこよく、もっと性能のいい電気自動車はいくらでもある。たとえば、ツェルマットがドイツ製や日本製の電気自動車を輸入すれば、ツェルマットからお金が域外に流出してしまう。しかし、域内の町工場製の電気自動車であれば、町工場で働く職人の雇用を保証することになる。彼らの技能が生み出す付加価値は域内で循環し、域内の経済活動を活気づけることになる。
右 :タクシーも四角い小さな電気自動車
島根県中山間地域研究センターの有田昭一郎研究員は、中山間地域の集落の家計調査から、面白い研究結果を公表している。地域内の世帯が食費や光熱費などの支払いで域外に流出させている資金の1%を取り戻せば、域内に雇用の場を創出し、定住人口を1%増やすことができるという。食費では外食、酒類、菓子の購入で、光熱費では灯油、ガス代の支払いでお金が域外に流出している。そのうち、例えば、お菓子の半分を地産地消のものに代えたり、暖房用の灯油の代わりにマキやペレットストーブにしたりすれば、地域に新たな仕事の場をつくり出すことができる。
経済のグローバル化のうねりを押しとどめることはできないけれど、域内の資金・経済循環に注目したローカル経済を再構築することで、地域経済を元気にすることはできる。(2014年7月23日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。