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ぐるり農政【87】

2014年6月24日

ある農協組合長の激白

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


 農協の何が問題なのか。ある農協組合長の話を聞く機会があった。農政ジャーナリスト会が研究会で呼んだ山梨県の梨北(りほく)農協の堀川千秋組合長である。組合長の話は、まさに激白だった。私たち部外者には知らないこと、隠されていた地域農協(単位農協)と全農との関係をつまびらかにしてくれた。農協の今を知るうえで参考になるので、その一部を再現してみよう。


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 農協の農業資材や燃料(ガソリンや軽油)は高い。もっと資材を安くしてくれ。組合員のアンケート調査で一番多い声だった。燃料をもっと安くしてもらおうと私が全農にかけあったら、担当者はこう言った。「300万円の奨励金を出すから、今後も買ってくれ」。300万円の奨励金は農協の収益になるから、それに応じる組合長もいるかもしれないが、私は断った。そんなカネがあるなら販売価格引き下げの原資に使うべきだ。

 今の梨北農協にとって、全農は取引商社の1つに過ぎない。燃料は3社から取っているが、9割は全農以外から。価格は1L当たり5円も違う。組合員からは「農協も安くなった」と言われる。肥料なども複数の商社から見積もりを取り、安いところから仕入れている。農業資材全体では梨北農協の全農利用率は5割を切っている。系統組織の取り決めでは 「原則として系統を利用すること」とあるが、それはあくまでも原則に過ぎないと思っている。


murata_colum87_1.jpg 私どもと全農とでは目線が違う。3年半前の東日本大震災の時、全農から燃料(ガソリン)の供給がストップした。全農に対して「農家はガソリンなしで営農できないので、切らさないで」とお願いしたのに。「組合員目線」からすれば私たちのお願いは当然のことで、うち独自の給油所では、他の業者から融通してもらい供給し続けた。自分たちの都合を優先した全農系のSS(ガソリンスタンド)は3日間休んだ。系統組織は、組合員目線を持っていないと、組織そのものがおかしな方向に行ってしまうのではないかと危惧している。


 組合員農家の作った農産物を農協は販売しているというが、実際は「販売」なんかしてこなかった。野菜や果物などを、農協は市場(いちば)に出していただけだ。それも「無条件委託販売」でだ。いくらでもいいから買ってくれという取引だ。農協みずから、農産物を肩にしょって実需者に販売してきたわけではない。みずから実需者に売るのが販売だと私は考える。

 「消費者ニーズ」というやつも、農協は市場で聞いていた。これが大きな間違いだった。実需者の声と市場の声は違う。市場では「モモは化粧箱に入れて」という。しかし、末端の消費者はスーパーなどの棚に並べられたモモを1つずつ買う。きれいな箱を求めてはいなかった。うちは、いまでは茶箱で出荷している。きれいな箱は消費者ニーズではなく市場ニーズだった。


murata_colum87_4.jpg 米は平成16年産以降、全農への出荷をやめ、うちの農協が全量、「梨北米」ブランドで直接販売している。うちの管内の米は、食味検定で通算7回も特Aをとっている。全国一の得点を取ったことも2回ある。全農に出荷すると「山梨県産米」としてしか売ってくれない。私としては、おいしい梨北米として有利に販売したい。自主流通米が廃止された機会に、みずから売ることを決断した。
 全農は農家から米を集荷するとき、「仮渡金」を支払う。お米は1年かけて売るから、いくらで売れるかわからない。価格が下がるリスクを「危険率」と呼んでいるが、全農は危険率を12%とみて、単価を12%下げて仮渡金を支払っていた。

 しかし、農家としては、後で精算されるより、いま全額欲しい。そこで、梨北農協では危険率をみないで、農協のリスクで全額農家に支払うことにした。委託販売ではなく、いわば農家から米を買い取っている。農家に支払った価格より安くしか売れなければ赤字になるから、農協としては一生懸命売るしかない。私たちは肩にかついで米を実需者に売っている。


 平成30年産米から、米の生産調整(減反)が廃止されることになっている。組合員が米を作りたいなら、全部の水田で作らせてあげたい。いま、お米の消費は半分が家庭用、半分が中食・外食用。われわれはこれまで家庭用米しか頭になかった。今後は需要の伸びる中食・外食向けのお米も作りたい。
 牛丼チェーンの吉野家から話があり、吉野家の牛丼向けの米を作ることになった。「みつひかり」という多収穫品種で10a=700~800kgも採れる。30kg=5500円と安いが、収量が多いから採算は取れる。吉野家と連携して管内の水田を守っていきたい。酒米を作るプロジェクトも進めている。


murata_colum87_2.jpg 私どもの管内は中山間地域。山がちで小さな水田が多く、大規模化は難しい。それでもなんとか農業を続けていくために「2畝3畝農業」を大切にしていこうと思っている。高齢農家でも、いい農産物を作る技術を持っている。2畝(2a)しかない狭い畑で、少量でもいいからいい野菜を作ってもらい、直売所で売る楽しみを覚えてもらいたい。
 もちろんそれだけでは生活していけないから、「3世代同居できる社会環境」を作るために、企業をひっぱってきてほしいと、自治体の首長さんに呼びかけている。若い世代は地元の企業や工場に勤め、親やお年寄りの面倒をみる。自分が高齢者になったら2畝3畝農業で農業を営み、若い世代に支えてもらいながら幸せな人生を送る。


 今回の農協改革論議は、全国連批判であって農協(単協)批判ではないと認識している。全国連は単協が困ったときに支援しているというが、実際は逆だ。リーマンショックの時、農林中金は自己資本比率が下がって経営危機に直面した。その際、全国の単協が2兆円出資して救ったことがある。
 農業衰退の原因は農協にあるというが、それは大きな誤解だ。政府の責任を農協に負わせているのではないか。組合員・出資者から農協(単協)はダメだと言われるならまだしも、他者から言われたくない。


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 以上が、梨北農協の堀川千秋組合長の激白である。
 農協問題が騒がしい。農協の指導組織「全国農業協同組合中央会」いわゆる全中の「廃止」と、農協の経済事業を束ねる「全国農業協同組合連合会」(全農)の株式会社化が大きな焦点となっている。政府の規制改革会議は6月13日、農協について「抜本的に見直す」という答申をまとめた。来年の通常国会に関連法案を出す。農協改革を巡る議論は、年末に向けてさらに熱を帯びることになる。(2014年6月18日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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