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2014年5月 1日
1俵=1万円割れの衝撃
ジャーナリスト 村田 泰夫
おコメの値段が下がり続けている。筆者の近所のスーパーでは、新潟コシヒカリが5kg入り袋で1890円(税別)で売っていた。8%の消費税を加えると2000円を超えるが、驚きの安さである。農水省の調べでも、2月のコメの小売価格(税込み)は、5kg入り袋の精米が全国平均で1978円だった。2000円の大台を割り込んでいる。でも、売れ行きがいいわけではなく、消費者の「コメ離れ」に歯止めはかかっていない。
生産者価格も平成25年産米は下がり続けている。卸業者との取り引きで全農の示す2月時点の相対(あいたい)取引価格は、運賃・包装代・消費税込みで1俵(玄米60kg)=1万4501円だった。昨年の同じ月と比べ、2033円、12.3%安い。主な銘柄で見ると、秋田県産あきたこまちが1万4280円で16%安、新潟産コシヒカリが1万6573円で10%安。軒並み前年比10%以上安い。しかも、月を追うごとに下がっている。
さらに、驚きのニュースが飛び込んできた。4月21日に大阪堂島商品取引所で取り引きされた「東京コメ」の10月物は60kg=9680円だった。1万円を割ったのは上場以来初めてだという。26年産米とは、これから田植えが始まり秋に収穫されるコメのこと。10月に引き渡されるコメの取引の値段を今決めてしまうのが先物取引。先行き、コメの値段がどうなるか占ううえで、先物価格の動向から目が離せない。
おコメの値段が下がった理由はさまざまだ。米の流通関係者が最も重視している指標が、民間流通における「6月末在庫」である。6月はコメの流通の「端境期」。新米が出回る7月を控えて、流通業者としては、前年産のコメはなるべく、多く抱えていたくない。在庫が多ければ早く売りさばきたい。在庫が少なければ売り惜しみしたい。
近年の米価の推移と民間在庫量を見てみると、6月の民間在庫量が米価を左右しているのではないかと思われるほど、相関関係が強い。現在流通している25年産米が前年より1割も安いのは、昨年6月末の在庫が224万tと多かったからだという。問題は、今年秋に収穫される26年産米の価格である。農水省が公表した「25/26年の主食用米の需給見通し」によると、26年の6月末在庫は、昨年よりさらに増えて255万tにのぼる。今年の在庫が増えるのは、25年産米の作柄が102(平年作100)と「やや良」と豊作だったうえ、コメの消費が減り続けているからだ。
コメの生産者や卸などの団体でつくっている米穀安定供給確保支援機構は4月25日、25年産米35万tを市場から買い上げると発表した。過剰な在庫を隔離することでコメの値下がりに歯止めをかけるのが狙いだ。しかし、在庫量が多いことから、市場には「焼け石に水」との見方が強い。
コメの卸業者は買い急がず、「当用買い」に終始する。そのことが米価の下落に拍車をかける。26年産米は下落必至と、業界では見られている。
米価の「暴落」を懸念した農水省は、26年産の主食用米の生産数量目標を765万tと、前年産米より26万tも減らした。つまり、「減反」を強化した。生産調整とは、生産量を制限することで米価を高値で維持する事実上の「生産カルテル」である。農水省が都道府県、市長村など行政ルートを通じて個別の農家にコメの生産数量を割り当てる形で実施している。
民主党政権はコメの生産調整を「選択制」にし、協力しなくてもペナルティーは課さなくした。その代わり、生産調整に協力した農家には戸別所得補償制度で10aにつき1万5000円の交付金を支給した。メリット措置を「エサ」にして、生産調整を推進したのである。26年産米からは、このメリット措置は半分に減額され、30年産米からゼロになる。
30年産米から農水省は、行政による「生産数量目標の配分はやめる」といっている。飼料用米など主食用米に代わるコメの生産を促す助成措置を上積みするため、「生産調整(減反)の廃止を意味しない」という解釈もあるが、主食用米の生産が自由になることだけは間違いない。生産カルテルがなくなれば、コメの価格は下がるのが常識である。
ではいくらになるのだろうか。農水省に、興味深い試算がある。石破茂・自民党幹事長が農水相だった2009年4月、生産調整を廃止したら米価がいくらになるか示した数値がある。1俵=1万5000円(2000円の流通費込み)の米価が、翌年には作付面積が一気に60万ha増えて、半分の7500円に暴落する。
あまりの安さに、コメづくりをやめる農家が出て、次の年は価格が上がる。価格が上がると生産量が増えて、次の年は価格が下がる。ジグザグを繰り返しながら、10年後には1万円弱の水準に落ち着く。これが、生産調整(減反)をやめた場合の需給均衡価格である。
安倍内閣は昨年12月に決めた「農林水産業・地域の活力創造プラン」で、コメの生産コストを、現在の1俵=1万6000円から10年後には4割減の9600円に下げると明言している。これは米価を示したものではないが、需給均衡格は1万円弱という相場観ができつつあるのではないか。(2014年4月30日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。