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ぐるり農政【84】

2014年3月26日

魚の乱獲を防ぐ

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


 「親のカタキと魚は、見つけた時に捕る(取る)」。これが漁師気質だと漁業者から聞いたことがある。そうだよな、と妙に納得した記憶がある。そんな漁業者たちに、「魚がいても取るのを控えなさい」と求めることは容易ではない。水産資源の枯渇が心配され、水産資源の管理、保護の大切さが認識されようとしているが、実際に効果的な方策はないものだろうか。


 海で泳いでいる魚は、だれのものだろうか。どこの海域か、漁業権があるかどうかなどによって異なるが、基本的には魚はだれのものでもない。先に見つけて取った者の所有物になる。これを「無主物」という。先に見つけて取った者の所有になるのだから、見つけても取らないでいると、他の者に取られてしまうかもしれない。早い者勝ちだから、冒頭の漁師気質が生まれるのである。

 アクセスが自由で早い者勝ちという「無主物」である水産資源は、過剰漁獲つまり乱獲が避けられない宿命にある。先に取った者はもうかる(短期的な利益になる)が、中長期的には水産資源は再生産力を失い、資源の枯渇、水産業の衰退を招いてしまう。


murata_colum84_1.jpg 日本の水産行政は、そんな無秩序な自由放任主義でいるのだろうか。そんなことはない。漁業権を設定したり許可制を導入したりして、水産資源の管理に乗り出している。さらに、資源状態のよくないサンマ、マアジ、サバ、マイワシ、スルメイカ、スケトウダラ、ズワイガニの7魚種を対象に、法律に基づいて、年間の漁獲量の上限を決める「漁獲可能量(TAC=タック)制度」を、1997(平成9)年から導入している。

 魚種ごとに資源状態を調べ、その魚を取っても資源が減らない資源量を割り出し、それを上限とする漁獲可能数量を定める。一見、よさそうな資源管理の仕組みだが、その運用に問題があると現場の漁業者から不満が出ている。水産庁のはじくTACの漁獲可能量は大甘だというのである。漁業者はたくさん取りたいから厳しい規制を嫌う。そんな文句が出てくると、水産庁はTACの数量を改訂し、増やしてしまうことさえあるという。尻抜けの漁獲規制では、水産資源は守れない。


 漁獲量の管理の仕方には、大きく分けて2つある。「オリンピック方式」と「個別割当方式」である。漁獲量の上限だけを決めて規制する日本のTAC制度は、オリンピック方式である。漁獲可能量を個々の漁業者に割り当てせず、だれがどれだけ取るかは自由な競争にまかせる。漁獲量の合計が上限に達したら、操業にストップをかける仕組み。ヨーイドンで漁獲競争をさせるので、オリンピック方式と呼んでいる。


murata_colum84_2.jpg もう一つの漁獲量の個別割当方式は、IQ方式とも呼ばれる。英語のIndividual Quotaの頭文字からとった。漁獲可能量(TAC)を算出するが、それを漁業者あるいは漁船ごとに割り当てるのが特徴。個々の漁船の割当量を超える漁獲はできない。

 IQ方式の中の一種に、譲渡性個別割当方式=ITQ(Individual Transferable Quota)がある。漁業者や漁船ごとに割り当てたIQの割当量を他者に譲り渡すことのできる仕組みだ。ある漁船が自分に割り当てられた漁獲量を全部消化できない場合には、その割当量を他の漁船に譲渡する(売る)ことができる。


 世界の主要な漁業国、たとえばアイスランド、ノルウェー、イギリス、米国、カナダでは、IQ方式あるいはITQ方式を採用している。IQ方式を採用していないのは、主要国では日本ぐらいといってもよい。漁業資源の本格的な管理に取り組んでいない中国や韓国もIQ方式を導入していない。

 オリンピック方式だと、出漁が解禁されるといち早く漁場に向かい、一匹でも多く取ってくることが自分の利益になる。魚体が小さく1週間待った方がよいと思っても、待っていれば他の漁船に取られてしまうから、小さくても取る。悪天候でも出漁を控えれば他の漁船に先を越されてしまうから、無理を承知で出漁する。水揚げが集中して漁価が下がるという弊害もある。


 IQ方式を導入すると、オリンピック方式のような無駄な漁獲競争がおこなわれなくなるなどのメリットがある。市場で高く売れる魚体の大きな魚群が近づくまで、操業を控えることができる。操業の効率性が上がり、経営安定につながる。IQ(個別漁獲枠)が資産化するので、資金の借り入れが容易になる。IQが転売されることで、より効率的な漁業者に漁業割当量が集積し、漁業の構造改善が進む。

murata_colum84_3.jpg もちろん、デメリットもある。漁価の安い小型魚が洋上で廃棄されたり、漁獲量をごまかす不正が横行したりする恐れがある。それを防ぐために、取り締まる行政サイドの管理コストがかかるようになる。


 さまざまな検討を加えた上で、わが国も本格的なIQ方式の導入をはかるときである。水産庁は3月、「資源管理のあり方検討会」をスタートさせ、資源の減少が心配されるクロマグロ、スケトウダラ、トラフグについて個別漁獲枠(IQ)の導入をめざすことになった。やっととの思いもするが、前向きな結論が出ることを期待したい。(2014年3月25日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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