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ぐるり農政【83】

2014年2月25日

「サケ弁当」が「トラウト弁当」だなんて

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


  ブラックタイガーをクルマエビに、輸入したネギを九条ネギに。こんな食材の偽装表示問題が有名ホテルのレストランや百貨店で起きて、消費者をあきれさせた。今度は、それを取り締まる消費者庁の示したガイドライン案に、外食業界があきれている。「あつものに懲りてなますを吹く」たぐいのガイドライン案だからだ。


murata_colum83_3.jpg 問題となっているのは、消費者庁が昨年12月に公表したメニュー表示のガイドライン案で、不適切な表示例として「サーモントラウト」を挙げ、「サケ」や「サーモン」と表示するのは景品表示法上、違法となる恐れがあるとした。「トラウト」か「ニジマス」と表示すべきだというのだ。

 これにあわてたのが、外食業界や弁当業者などの関係者だ。持ち帰り弁当定番の「サケ弁当」や、回転寿司チェーン店の「サーモン握り」は、サーモントラウトが使われていることが多い。今後「トラウト弁当」や「トラウト握り」にしないといけないのか、ブーイングが起きた。


 強い反発と大混乱の兆しに、消費者庁も折れた。2月7日の記者会見で森雅子消費者担当相は「サーモントラウトを使ってサケ弁当と表示しても、必ずしも違反にならない」と、方針を転換した。「一般的に消費者が認知し、値段が安価で両者の間に差がない場合には違反にならない場合がある」と森大臣は説明した。

 消費者庁の担当者も「サケ弁当でサーモントラウトを使っていても、消費者に著しく優良な食材を使っていると誤認させることはないと判断した」と弁明している。ただ「北海道産サケとパッケージに表示して、チリ産のサーモントラウトを使っていたら違反となる。表示全体で、違反かどうかの判断をする」という。


murata_colum83_4.jpg サーモントラウトは海で育ち、ニジマスは渓流で育つ。サーモントラウトの肉は紅色で、ニジマスの肉は白い。しかし、まったく同じ種類の魚だ。そもそも、サケとマスに生物学上の違いはなく、ニジマスはサケ科サケ属のサケの仲間である。

 日本で通常、サケと呼ばれるシロザケ(秋ザケ)より、チリで養殖され日本に輸入されるサーモントラウトの方が、値段は2倍もする。サーモントラウトは脂がのっているうえ、生で食べてもおいしいので、回転寿司チェーン店で定番になっている。それを「サーモン握り」としているのだが、「ニジマス握り」としたら、むしろ消費者の方がとまどう。

 一般の消費者は、サケとマスを区別していない。サーモントラウト(ニジマス)もシロザケもサケの種類の違いぐらいにしか認識していない。弁当業者も、わかりやすい「サケ弁当」という名称を使っているだけで、安い食材を使って高く見せかけようとしているわけではあるまい。


 消費者庁のガイドライン案が公表されると、ネット上には、イヤミと思われる反響が噴出した。「カモ南蛮は使えなくなるのか?」「キツネうどんやタヌキうどんは?」

 「がんもどき」は、豆腐などの大豆製品で、タンパク質が豊富なことから、肉食を禁じる精進料理に欠かせない食材だが、「もどき」という名前がついているからセーフだろう。だが、「カモ南蛮」にカモ肉は使われず、カモとアヒルを交配したアイガモが使われている。消費者庁のガイドライン案にひっかかりそうだが、そもそも「カモ肉」として流通している肉のほとんどが「アイガモ」であり、消費者もそのことは認識していよう。


murata_colum83_2.jpg 長い年月を経て定着している名称にまで、生物学上の違いを理由に、名称を変えろというのは、いかがなものだろう。表示された食材の価格が、実際に使われている食材の価格の倍もするようなもので、消費者に著しく優良な食材を使っていると誤認させる場合は、不当表示として取り締まるべきだ。しかし、そうではない場合は、目くじらを立てるほどのことではないのではないか。


 「キツネうどん」に至っては、さすが消費者庁も文句をいうまい。キツネうどんにキツネの肉が入っていないことは、注文する消費者はみんな知っている。「油揚げ」がのっているのだが、油揚げといえば稲荷神社でおなじみのキツネの大好物。で、キツネうどんとしゃれたのだ。キツネうどんがあるなら、タヌキうどんもあってもいい、ということで、関東では「揚げかす」ののったうどんを「タヌキうどん」と称することになった。

 これらの名称は、いわば日本の食文化のひとつでもある。杓子定規で律すると、窮屈でおもしろくなくなる。(2014年2月24日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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