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ぐるり農政【79】

2013年10月28日

「和食」が世界のWASHOKUに

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


  「和食 日本人の伝統的な食文化」が、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に登録される見通しとなった。事前審査で登録が勧告されたからで、12月上旬にアゼルバイジャンで開かれる政府間委員会で正式に決まる。この決定が、和食の見直し・再評価だけでなく、私たちの日常の食を見直すきっかけになればいい。


murata_colum79_1.jpg 知床や屋久島などの自然遺産、富士山信仰などの文化遺産などは、実際に現地を審査するが、食に関する無形文化遺産は、すし、てんぷら、すき焼きなどの具体的な料理をさすのではなく、審査員が食べてみて「おいしい」から認定されるわけでもない。具体的な料理ではなく、「自然の尊重という日本人の精神を体現した食に関する社会的慣習」が審査の対象となり、それが文化遺産として認められたということである。


 わかったようで、わからない。日本がユネスコに示した「和食」を説明する提案内容を読むと、少しはイメージがふくらんでくる。提案書では、日本人の伝統的な食文化である和食について、次のように説明している。

①新鮮で多様な食材とその持ち味を尊重
②栄養バランスに優れた健康的な食生活
③自然の美しさや季節の移ろいの表現
④正月行事などの年中行事との密接なかかわり


murata_colum79_2.jpg 日本は地理的に南北に長いうえ、海に囲まれていることもあり、新鮮で多様な山海の食材に恵まれている。その調理の仕方も、生のまま刺身として提供するなど、食材の持ち味を生かそうとしている。うま味が詰まった出汁(だし)や、味噌・しょうゆなど風土に根ざした発酵食品が豊富にある。

 日常の食事は、ごはん(米)を主食とし、魚や野菜、山菜といった副菜、それに味噌汁という「一汁三菜」を基本としている。栄養素を分解して見ると、たんぱく質、脂肪、炭水化物のバランスがよい。こうした日本人の食事が、長寿や肥満防止に寄与している。

 料理に葉っぱや花をあしらい、美しく盛り付ける表現法が発達している。食にも自然の美しさや季節感を醸し出すようにしている。季節ごとに器を変える繊細さもある。

 お正月には、家族や地域の人たちといっしょに餅つきをするなどの年中行事が、わが国の日常の食生活に溶け込んでいた。いま都会では、餅つきをする家庭は減ったが、買ってきた切りもちを食べる習慣は広く残っている。


 こうして見ると、和食は世界に誇れる食文化だなあと、つくづく思う。これまで、ユネスコの無形文化遺産に登録された食文化は、「フランスの美食術」「地中海料理」(イタリア、スペイン料理など)「メキシコの伝統料理」「トルコの伝統料理」の4つだが、それらと比べて「和食」が劣っているとは思えない。なお、今回、韓国のキムチをつくる習慣である「キムジャン」や、グルジアの「伝統的な土器によるワインづくり」も登録されることになったという。ご同慶の至りである。

murata_colum79_3.jpg ユネスコの規定では、食にかかわる無形文化遺産への登録を、商業活動に使ってはいけないことになっている。今回の登録を大々的に宣伝し、日本産の農林水産物の輸出増大に結びつけたいところだが、農林水産省としては「ビジネスに結びつけることはできないし、しない」という。それはそうかもしれない。


 日本政府は、農産物の輸出倍増計画の一環として、日本の食文化を広く海外に広めることで、結果的に日本産の食材の輸出を増やす戦略を進めようとしている。日本産のリンゴやブドウ、おコメなどの食材そのものの売り込みも必要だが、日本の食習慣や和食のメニューを広めることで、結果的に日本産食材の輸出を増やす戦略は、遠回りのようでいて、近道である。日本食が健康的で日本産の食材が安全であることを訴えるのに、遠慮することはない。


 東電福島第一原子力発電所の事故で、日本産食材が放射能に汚染されているのではないかという不安が、世界に広がっているという。食の無形文化遺産の登録にあたって、放射能汚染問題という、まったく別の問題をからめなかったユネスコに、敬意を表したい。(2013年10月25日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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