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ぐるり農政【77】

2013年8月26日

上昇するエンゲル係数

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


 日本のエンゲル係数が上がっている。「エンゲル係数」という言葉は、小学校の時か中学校の時か忘れたが、社会科で勉強したことがある。なにやら難しい定理のような響きのある言葉だが、その意味するところはわかりやすい。

murata_colum77_2.jpg エンゲル係数とは「生活費に占める食費の割合」のことだ。この数値が高いと生活水準が低いことを意味し、数値が低いと生活水準が高いことを意味する。生活水準を表す指標として、最もポピュラーな指標である。


 生活必需品の最たるものは、食べもの。生存するために、必ず手にしなければならないから、いくら貧乏な家庭でも、お金があれば、ほかの物はさておき、真っ先に購入する。逆にいくらお金持ちでも、人の胃袋の大きさには限りがあるから、食べものをたくさん購入するわけではない。

 だから、貧乏人のエンゲル係数は高く、金持ちは低い。貧乏人のエンゲル係数が高いのは、食べるものを購入するのに精いっぱいで、おしゃれな服を買ったり、こぎれいな部屋に住んだりする余裕がない状態をイメージすればわかりやすい。エンゲル係数は、先進国では低く開発途上国では高い。これが常識である。


 OECD(経済協力開発機構)の調べによると、2006年のエンゲル係数は、米国15%、英国22%、日本23%、イタリア26%、スペイン34%。これを見ると、食生活の豊かさも関係しているのかとも思うが、国民の生活水準を反映しているという原理に納得する。

 日本は、経済規模を示すGDP(国内総生産)で中国に抜かれて世界第3位になったとはいえ、1人当たりのGDPは世界有数の高さを誇る。その日本のエンゲル係数が上がっているとは、どういうことを意味しているのだろうか。「生活水準が下がったの?」という疑問がわいても不思議ではない。


murata_colum77_1.jpg 平成24年度版の農業白書に、最近のエンゲル係数についての分析が載っている。結論から言えば、生活が苦しくなった側面も無視できないが、高齢化によって総菜などの「中食」が増えるなど日本人の食生活の変化が背景にある。


 総務省統計局の家計調査によると、わが国のエンゲル係数は、2005(平成17)年の22.9%を底にして上昇に転じている。直近の2012(平成24)年は23.5%である。エンゲル係数が変動した要因を探ってみると、上昇要因としては「給料やボーナスなどの賃金が減って家計全体の消費水準が下がったこと」と、「食料品支出が増えたこと」が大きい。下げの要因として「食料品の購入数量の減少」があったが、上げ要因の方が勝った。


 これらの現象を一言で言えば、「給料が減って食費を切り詰めようとしたが、食料品支出の増加が響いた」と表現することができる。これは生活水準の低下を意味する。

 「食料品の値上がり」は、野菜や肉などの食材の単価が上がったというより、消費者が調理済みの総菜などの「中食」をたくさん買うようになって、購入する食料品の単価が上がった側面が強い。「中食」が売れるようになったのは、世帯の高齢化や単身化が進み、自宅で調理するより、割高であってもできあいの総菜を買うようになったからではないかと見られる。


murata_colum77_4.jpg やはり農業白書によると、エンゲル係数は貧富の差以上に、年齢による差が大きい。年齢階層別にみると、年齢が上がるにつれエンゲル係数は高くなる傾向にある。世帯主が30歳未満の世帯では20%程度なのに対し、70歳以上の世帯では26%程度と高い。30歳未満層では住宅ローンの返済など住居費の支出が多いのでエンゲル係数が低く、70歳以上層では収入が年金に限られ、家計消費全体の支出が少ないことからエンゲル係数が高く出るものと思われる。


 収入が減って消費支出を切り詰めているという要因のほかに、「中食」への支出が増えるという食生活の変化、それに世帯の高齢化もからんで、わが国のエンゲル係数は上がっているといえよう。(2013年8月26日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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