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2013年3月19日
思惑走ったTPP反対勢力
ジャーナリスト 村田 泰夫
安倍晋三首相が3月15日、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉への参加を正式に表明した。昨年暮れの総選挙で「聖域なき関税撤廃を前提とする限り、TPP交渉の参加に反対する」という政権公約を掲げて大勝し、政権を奪還してわずか4カ月。「反対」から「参加」に転じた安倍政権に、農協や農業者から強い反発や不満の声が出ている。
「交渉参加を断固阻止」と主張していた関係者の中には敗北感にさいなまれている向きもあろう。TPP反対運動は、安倍首相が正式表明する大詰めの段階にきて、外部にはわかりにくい思惑が走ったように見えた。
首相の正式参加表明に先立つ3月13日に開いた自民党のTPP対策委員会(西川公也委員長)は、「仮に交渉参加を決断する場合」に、いくつかの条件をつけた決議文を採択した。
決議文のポイントは次のフレーズにある。「自然的・地理的条件に制約される農林水産分野の重要5品目等や、これまで営々と築き上げてきた国民皆保険などの聖域(死活的利益)の確保を優先し、それができないと判断した場合は、脱退も辞さないものとする」
この文章ができ上がるまでに、すったもんだがあった。まず、「農林水産分野の重要5品目等」とは何を指しているのか。当初、「わが国の米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物等の5品目」というふうに具体的な品目名が入っていたが、具体的品目を列挙してしまうと、交渉の際に足元を見られて不利になるというので、決議文から落とされてしまった。
守るべき具体的品目を明示せよ、という気持ちはわからなくもない。しかし、海千山千渦巻く国際交渉のことを考えれば、真っ当な判断だと言えよう。
その代わりというわけでもあるまいが、「脱退」の表現をどうするかについては、反対派に花を持たせたといわれる。決議文の当初案では「脱退を辞さない覚悟で交渉に当たるべきだ」とあったが、委員会で「脱退の意気込めだけではだめだ」という声が出て、「脱退を辞さないものとする」とストレートな表現に書き換えた。しかし、自民党の関係者によると、この「脱退」をめぐる表現の修正は、あらかじめ修正の場面を設定してあったという。それが事実なら、最初から仕組まれた茶番劇ということになる。そんなことを聞くと、がっかりしてしまう。
「徹底抗戦」を叫んでいた全国農協中央会(全中)の対応も、表向きの激しい口調とは違い、腰の引けた動きがみられた。安倍首相がTPP交渉参加に大きく傾き、「交渉参加の正式表明」が間近な3月12日、全中は東京・日比谷の野外音楽堂でTPP反対の大集会を開いた。
壇上に大きく掲げられた横断幕に、参加者の多くは「おやっ」と思ったのではないか。「国益を守れないTPP交渉参加断固反対緊急全国集会」とあったからだ。
「国益を守れない」という枕ことばは何を意味するのだろうか。「国益を守れる」ならTPP交渉に参加してもやむを得ないという含意が、横断幕にはあるのだ。表向きは「断固反対」とはいえ、本音は米など農産物5品目を、関税撤廃の例外として勝ち取る条件闘争に転じることを示唆していたのだろうか。
「TPP交渉参加に反対する」という自民党の政権公約にも、同じレトリックが使われていた。「反対」とは明記しているが、「聖域なき関税撤廃を前提とする限り」という条件付きであり、「聖域なき関税撤廃」を前提としないのなら反対しないと言っているに等しい政権公約なのである。このことは以前、指摘したことがあり、その通りになった。
自民党農林関係議員つまり農林族の言動も、徹底抗戦を期待していた農業者には落胆させるものであったろう。自民党のTPP対策委員会(西川公也委員長)が3月13日夜に開いた総会は、当初、時間を制限せず「エンドレスに議論を続ける」はずだった。「反対派の意見をくみ上げるため」だが、実際は約2時間であっけなく終了してしまった。
反対派にとって頼みの綱である農林族の重鎮、西川公也氏が対策委員会の委員長席に座っていたからだ。安倍首相に取り込まれてしまったのだろうか、議論をなるべく早く収束させ、まとめることばかり気を使っているように傍聴席には映った。「建前」と「本音」を使い分ける運動は、支持者の離反を招きかねない。
農業界にはTPP交渉反対の声が渦巻いているが、各種世論調査によると、国民の半数以上はTPP交渉参加を容認している。残念ながら、国論が二分されている状況である。反対派も容認派も、感情論に走ったりメンツに走ったりするのではなく、冷静な議論が、今こそ求められている。そのことが、国益を守ることにつながる。(2013年3月18日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。