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2013年2月28日
TPPをめぐる日米共同声明をどう読むか
ジャーナリスト 村田 泰夫
2月23日の日米首脳会談で、日本のTPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加の道筋がついた。自民党が政権公約で掲げた「聖域なき関税撤廃」というトゲが抜けたので、交渉参加にゴーサインが出せると安倍晋三首相が判断したためだ。これに対し、全国農協中央会(全中)は、日米首脳会談においても「聖域なき関税撤廃が前提であることに変わりはない」として、「交渉参加に断固反対」の姿勢を崩していない。
日米両首脳による共同声明を、どう読んだらいいのだろうか。全文をていねいに吟味して読めばわかることだ。そんなに長くない文章なので、改めて全文を掲げてみよう。
日米両政府は、日本が環太平洋経済連携協定(TPP)交渉に参加する場合には、全ての物品が交渉の対象になること、および、日本が他の交渉参加国とともに2011年11月12日にTPP首脳によって表明された「TPPの輪郭(アウトライン)」において示された、包括的で高い水準の協定を達成していくことになることを確認する。
日本には一定の農産品、米国には一定の工業製品というように、両国とも2国間貿易上のセンシティビティー(考慮すべき事項)が存在することを認識しつつ、両政府は最終的な結果は交渉の中で決まっていくものであるから、TPP交渉参加に際し、一方的に全ての関税撤廃をあらかじめ約束するよう求められるものではないことを確認する。
両政府は、TPP参加への日本のあり得べき関心についての2国間協議を継続する。これらの協議は進展を見せているが、自動車部門や保険部門に関する残された懸案事項に対処し、その他の非関税措置に対処し、TPPの高い水準を満たすことについて作業を完了することを含め、なされるべき作業が残されている。
以上である。よく読めば、「なーんだ、当たり前のことを言っているだけじゃないか」ということがわかる。日本にとってさまざまな懸念はあるが、すべて交渉次第なのであって、交渉に参加する前から「あきらめることはない」ということを、共同声明は言っているのである。
日本がTPP交渉に参加するに当たって、最大の懸念だとして農業団体が反対してきた事項は、「すべての品目について関税の撤廃を原則としている」ことにあった。米や麦、牛肉、乳製品、砂糖などの農産物の関税が撤廃されてしまえば、日本農業は壊滅してしまうという危機感が、農業団体にはある。だから、これら農産物をセンシティブな「重要品目」と指定し、TPP交渉に参加する前に関税撤廃の例外とするよう、つまり、「聖域」を設けるように農業団体は求めていたのである。そうしたTPP反対派に呼応するかのように、衆院選で自民党は「聖域なき関税撤廃を前提とする限り、TPP交渉参加に反対する」という政権公約を掲げたのである。
日米首脳会談後の共同声明で、安倍首相は「聖域があることがはっきりした」と言い、全中会長は「聖域があるという担保がない」と言う。どちらが本当なのだろうか。林芳正農水相は「共同声明以下でも、以上でもない」と述べ、文面通りだといって煙を巻く。
交渉に参加していない現段階で、関税撤廃の聖域=例外があるかどうか、はっきりさせろと求める方が無理筋なのである。現段階で「担保がない」と農業団体は言い募るが、担保は粘り強い交渉の結果でないと獲得できないものである。その意味で、すべては交渉次第なのである。「聖域=例外がある」と喜ぶことも、「聖域=例外がない」と悲観することも、現段階ではできない。共同声明に「一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものではない」とあるが、これは当たり前のことである。「あらかじめ約束を求められている」なら、交渉する意味はない。
ただし、共同声明の中で「日本には一定の農産品、米国には一定の工業製品というように両国とも2国間貿易上のセンシティビティーが存在する」と明示した意味は大きい。自由貿易主義を掲げる米国は、これまで自由貿易原則の例外を認めることを明示することを避けてきた。「一定の工業製品」とは自動車のことで、米国は自国の自動車市場の開放に消極的な態度を貫くことを予告した形だ。貿易交渉は相互主義だから、日本のセンシティブ品目である農産品のいくつかは、関税撤廃の例外となる可能性が出てきたことになる。
前回、林農水相はTPPについて、次のようなワン・フレーズしか言わないと書いた。「聖域なき関税撤廃を前提とする限り交渉参加に反対する、という政権公約を掲げて選挙を戦い、政権交代を果たしたのだから、この基本的な考え方は堅持していく」。この言葉と日米共同声明に食い違いはない。
いまから振り返ると、日米間の水面下の調整で、共同声明に「センシティビティー」とか「あらかじめ約束されない」といったような文言が盛り込まれるめどが立っていたからなのではないかと、勘ぐりたくなる。(2013年2月27日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。