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2012年12月21日
新政権の農政で、「戸別所得補償」はどうなる
ジャーナリスト 村田 泰夫
総選挙で民主党は歴史的な敗北を期し、自民党は地滑り的な大勝をした。自民党を中心とする安倍晋三政権は、どのような農政を展開するのだろうか。3年3カ月前、民主党が政権を握ったとき、「政治主導」の名の下で農政をがらりと変えた。農業関係者の関心は、TPP(環太平洋経済連携協定)に参加するのかどうかであり、「戸別所得補償制度」が廃止されるかどうかであろう。
TPPについては、自民党は政権公約で「『聖域なき関税撤廃』を前提にする限り、TPP交渉参加に反対する」と、反対姿勢をにじませた。しかし、それはあくまでも「『聖域なき関税撤廃』を前提にする限り」という条件付きであることに留意しなければならない。逆に読めば「聖域なき関税撤廃を前提としなければ交渉に参加する」ということだ―ということは前回述べた。
問題は、参加表明の時期である。7月には参院選が控えている。参院選前に参加表明して、農民票を逃がしてしまったら、参院での「ねじれ現象」を解消できないかもしれない。できるならば、参院選後まで参加表明を延ばしたい。これが自民党の本音であろう。しかし、参院選後に表明するとなると、米国議会の承認手続きに90日もかかることから、日本が交渉のテーブルにつくのは、早くても平成25年秋、へたをすると、さらに翌26年にずれ込みかねない。焦点は、新政権がいつ正式に参加表明するかであろう。
政権交替で注目される農政上のもうひとつの焦点は、戸別所得補償制度の帰趨(すう)である。「戸別所得補償制度」は民主党農政の看板政策である。6年前の参院選のマニフェスト(政権公約)で打ち出し、その後の民主党政権誕生に大きく貢献した。
自民党としては、「しゃくにさわる」政策である。一時「戸別所得補償制度はバラマキ政策であり、廃止する」といっていた。ところが、戸別所得補償制度は農業者から圧倒的な支持を得ている。米の生産調整に協力すれば、10アール当たり1万5千円の交付金をもらえ、もし米価が一定水準以下に下がれば、下落分を補填してくれるからである。
戸別所得補償制度を「廃止」といっては、農民票を逃しかねない。そこで、今回の総選挙で自民党は、戸別所得補償制度を「多面的機能直接支払制度」に振り替え、拡充するという政権公約を掲げた。
農業者に評判のいい戸別所得補償制度をやめるのではなく、むしろ拡充するというのである。具体的には「農地を農地として維持する支援策」にするというから、作付ける作物の種類に関係なく、稲作はもちろん、麦・大豆、野菜、果樹に至るまで、すべての農業者を対象とするのかもしれない。
民主党の看板農政をバラマキと批判していた自民党が、民主党を上回るバラマキ政策を実行しようとしている─こんな心配をする声が、財務省はもちろん、農水省内にも出ている。
「多面的機能直接支払制度」の中身がどういうものなのか、つまびらかにされていないので、批判するのは早すぎるが、「戸別所得補償」という名称が変更されることは、ほぼ確実である。この名称変更を自民党としては、政権奪還のひとつのシンボルにしたいのだ。
政策の違いを選挙で競い、その結果、より多くの支持を受けた政党が政権を握るのだから、政権が変われば政策が変わるのは当然である。とはいえ、拙速な政策転換は、とくに農政においては、農業の現場と地域社会に混乱をもたらしかねない。
冬は農閑期であり、まだ作付けをしていないとはいえ、ほとんどの農家は、来年の営農計画をすでに立てている。その中には、現時点までに政府が打ち出したさまざまな支援策や誘導策を織り込んでいる。戸別所得補償制度もその例外ではない。
名称を変更する程度ならまだしも、前政権の看板政策であることを理由に、「廃止」などされてしまえば、農家は営農計画を根本から練り直さなくてはならない。国民に食料を安定的に供給するという食料農業政策の根幹は、くるくる変えないでほしいものだ。(2012年12月20日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。