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ぐるり農政【64】

2012年8月29日

依然として農業に手厚い米国農政

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


 「米国農業の競争力は強い」というのは事実だけれど、「政府の補助金なしに強い」と、思い込んでいる人がいまも多いのではないだろうか。見渡す限り、地平線いっぱいに広がる大農場。飛行機で種をまき、巨大なハーベスターで収穫する米国中西部の穀倉地帯。そんな映像をテレビで見れば、米国農業は政府の支援なしで低コストで穀物を生産できると思い込むのも、やむを得ないのかもしれない。

 しかし、実は米国の農業は、価格面でも経営面でも、政府の手厚い支援策があって成り立っている。このことは、いまや農業関係者の間では周知に事実になりつつある。


murata_colum64_1.jpg 米国の農政は、おおむね5年に一度、改訂される農業法で短中期の農政の枠組みが定められる。現在は「2008年農業法」が施行中で、米国議会で次期農業法である「2012年農業法」の制定作業が、いま進められている。成立は今年11月の大統領選後ではないかと観測されているが、その新農業法案の骨格をみると、依然として国内農業を手厚く保護する施策が並んでいる。


 新農業法案の骨組みは、これまでの農業法とかなり変わりそうだ。これまでの農業保護の柱だった、農産物価格や所得を政府が直接補償する政策から、価格変動や災害などで減収になったときに収入を補てんする、収入保険制度の拡充に力点を移している。当然、農業予算の規模も大きく削減される。

 直接補償から保険へ、そして農業予算の削減と聞くと、政府による保護水準が下がったように見える。このことは一面では事実である。その背景には、第一にトウモロコシ、小麦、大豆などの国際相場が高騰していて、政府による支援の必要性が薄れていることがある。米国農家の所得が空前の高い水準となったことから、価格下落時に支払う政府の支出は激減し、2011年の米国農業の純所得に占める政府支払の割合は10%程度に下がった。穀物価格が低迷していた1999年から2001年ごろは、40~50%を占めていたから様変わりである。


murata_colum64_2.jpg 第二に、米国の財政が厳しさを増してきていることである。穀物価格が高くなって潤っている農家に、さらに政府が直接、所得補償するのは行きすぎだという批判の声が高まってきている。政府や議会も、農業予算の削減へ、かじを切らざるを得なかったのであろう。

 12年農業法案は、現在の時点では上院と下院とで細部が異なり、未調整の段階にある。しかしながら、考え方の基本方向では一致していて、これまでの農業保護の柱だった直接支払(1996年農業法で導入)や価格変動対応型支払=CCP(2002年農業法で導入)、収入変動型支払=ACRE(2008年農業法で導入)を廃止する。

 1996年農業法で導入された直接支払制度は、現在何をどれくらい作付けているかに関係なく、過去の平均単収、作付面積、支払単価に基づいて支払われる助成金。WTO(世界貿易機関)で生産刺激的な助成金の支払削減が決まったこともあって導入された。CCPは、作物ごとに目標価格を設定し、市場価格に直接支払を加えた金額が、その目標価格を下回った場合に差額を補てんする制度で、「不足払い」に似ている助成措置。ACRE(エーカー)は、その州における過去5年のうち、中3年の平均収量に過去2年間の全国平均販売価格をかけて得られる、州ベースの収入額の90%を補償するもの。

 これらが廃止される見返りとして、上院案ではARC(Agriculture Risk Coverage)とSCO(Supplemental Coverage Option)というセーフティネットを用意。一方の下院案ではPLC(Price Loss Coverage)とRLC(Revenue Loss Coverage)というセーフティネットを用意している。


murata_colum64_3.jpg いずれも仕組みは複雑だが、上院のARCは従来の農業保険を補完し、保険がカバーしてくれない足切り部分を補償するもので、実際の収入が基準収入の89%を下回った場合に支払われる。しかし、支払われるのは基準収入の10%までなので、実収入が79%以下の場合に、ARCを補う形で支払われるのがSCOだ。一方、下院のPLCは販売価格が基準価格を下回った場合に支払われるもので、いわば「不足払い」の変形。RLCは上院のARCとほぼ同じ仕組みだが、異なるのは補償の水準が基準収入の85%と、ARCの89%より低いこと。


 ざっくりした言い方をすれば、米国の農政はこんな形に変わる。穀物価格の水準が高く農家が潤っているという背景のもと、財政赤字を削減しなければならないという命題に応じるため、直接支払など政府による直接補償措置は廃止する。しかしながら、農業保険では補えない収入減少リスクに対応するセーフティネットは、幾重にも手厚く張り巡らせる。収入保険が基本であるから、穀物価格が高い水準にあれば、政府の財政支出は少なくて済む。とはいえ、穀物価格が暴落した時に備えて、事実上の不足払い制度であるPLCのような仕組みを用意し、いざという場合に農家の収入を補償する仕組みをビルトインしている。これが、米国の2012年農業法の考え方である。 (2012年8月28日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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