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ぐるり農政【62】

2012年6月28日

戸別所得補償で農業所得が増加

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


 平成23(2011)年度から本格的に実施された戸別所得補償制度は、わが国の農業、農村にどのような変化をもたらしたのだろうか。与党・民主党は「画期的な農政転換」と胸を張り、野党・自民党は「米価下落を招く諸悪の根源」と、くそみそに批判してきた。実際はどうだったのか、知りたいところだ。その回答を農水省は、平成24年度版の「食料・農業・農村白書」で分析してみせている。政府サイドによる分析だから、もちろん「成果あり」としているのだが、どのような成果があったのか、戸別所得補償制度に批判的な人も白書に目を通しておくべきであろう。


 まず、農業経営体の農業所得は、これまで減少傾向にあったが、先行してモデル対策が実施された平成22(2010)年は、一転して増加した。米価は大きく下落したが、戸別所得補償制度は下落分も補てんする仕組みであるため、農業所得は増えたのである。

 農業経営体の総所得(年収)は466.0万円と前年の456.6万円より9.4万円増えた。内訳をみてみると、年金収入は182.0万円(前年183.3万円)と物価の下落を反映してちょっぴり減り、農外所得は161.0万円(前年168.5万円)と景気低迷の影響をもろに受け、兼業所得が大きく落ち込んだ。一方、農業所得は122.3万円と前年の104.2万円より18.1万円(17%)も増えた。戸別所得補償制度が農家の所得を下支えしたことは間違いない。


 以上は農業経営体の平均だが、22年度は米に手厚いモデル事業であったので、営農類型別にみると、当然のことながら、水田作経営農家の農業所得の増加が著しい。戸別所得補償制度が実施されていなかった21年の水田作経営農家の農業所得は34.6万円だったが、モデル事業の実施された22年度は、モデル事業交付金27.3万円を加え、47.5万円と37%も増えた。


 戸別所得補償制度については、「バラマキ政策」だという批判がついてまわる。所得補償の対象が、生産調整に協力している農家という条件がついているものの、原則として経営の規模を問わないからである。「経営効率が悪く、本来なら退場してもらいたい零細小規模な米作農家を温存してしまう」という批判である。そして、「経営規模を拡大しようというインセンティブを働かせるために、所得補償の対象農家を一定規模以上の大規模農家に絞るべきだ」と、批判派は指摘する。所得補償の対象を絞らない現行制度は、水田作経営の構造改革に逆行しているのだろうか。


 所得補償制度が水田作経営の構造改革に資する効果があったと、白書は結論づけている。22年度産の米の場合、実際の標準的な販売価格(全国平均)が1俵(60kg)=1万260円にとどまったので、政府は標準的な生産コスト(家族労働費を含む全国平均)1万3660円との差額である3400円を、対象農家の全部に支払った。日本の北から南まで、耕作経営規模の大小を問わず、全国一律で支払ったことがポイントである。

 米の作付面積規模別にみてみると、大規模経営農家ほど所得補償の「恩恵」が行き届くことになった。経営規模の小さい農家ほど生産コストが高く、大規模農家ほどコストが低い。だから、22年産の場合、1ha未満層では所得補償をもらっても家族労働費、つまり自分を含む家族たちの労賃はもちろん、肥料・農薬などの物財費を含む経営費もまかなえない。1ha以上~2ha未満層は、経営費はまかなえるが、家族労働費はまかなえない。ところが、2ha以上層になると、経営費はもちろん家族労働費もまかなえ、なおかつ「おつり」(余剰)が生じたことが明らかになった。


 現行制度は、小規模農家も差別せずに対象としているが、所得補償の交付金が全国一律であるがゆえに、生産コストの低い大規模な農家ほど有利になる仕組みになっているのである。言い換えれば、全国一律であるがゆえに、小規模層は交付金をもらっても、たいした足しにならないのに、大規模層ほど余剰が大きくなる仕組みがビルトインされているのである。

 経営規模別の支払い実績について、白書は分析している。それによると、0.5ha未満層の農家には51.4万件、289億円支払っているが、全支払金額に占める割合は9.4%に過ぎない。一方、5.0ha以上層には3.2万件、1214億円支払っていて、その全体に占める割合は39.6%。水田作経営体のわずか3%に、所得補償金の総額の約4割が支払われているのである。


 米の所得補償制度は、農家の農業所得の増加に寄与しているが、なかでも規模の大きな農家ほどメリットが大きいことが明らかになった。このことは結果的に、水田作経営体の構造改革を促進することになろう。実際、農村を歩いてみると、戸別所得補償制度に対する評価は、大規模層ほど高い傾向にある。なるほどとうなずけるわけである。(2012年6月25日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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