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ぐるり農政【60】

2012年4月27日

関税ゼロでも輸入米は国内市場の半分程度

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


 「TPP加入によって、わが国の農業は壊滅的打撃を受ける」。一般にこういわれる理由の一つは、農水省の公表したTPPの影響についての試算結果にある。米の関税をゼロにすると、「国産米のほとんどが外国産米に置き換わり、新潟コシヒカリ・有機米といったこだわり米などの差別化可能な米(生産量の約10%)のみ残る」と農水省は公表した。つまり、米の自給率は10%に激減してしまうというのだ。

 試算には前提がある。基本的に消費者は1円でも安いものを買う行動をとること、TPPに参加していない中国、韓国、EUなどからも関税の撤廃を迫られるだろうから、全世界向けに関税を即時撤廃したとみなすことなどの前提である。

 だが、消費者は実際にはどのような行動をとるのだろうか。1円でも安い米に消費者は走るのだろうか。

 農水省の試算でも「新潟コシヒカリ・有機米といったこだわり米」は、価格が高くても一部残るとしている。消費者は価格だけではなく、安全・安心とか食味で国内産米を選択する傾向もある。これを「国産プレミアム」という。農水省も国産プレミアムを完全に否定しているわけではない。


 「こだわり米」以外の一般の米について、農水省は、消費者は価格が高いか安いかを選択の唯一の基準にすることを前提としている。果たして、そういえるのだろうか? 同じ味の外国産米と国産米がスーパーの店頭に並んでいて、国産米が2割高かった場合、日本の消費者はどういう行動をとるのだろうか。農水省が予測するように、消費者の100%が外国産米を選ぶのだろうか? それとも、消費者の80%が選ぶのか、50%なのか、30%なのか。国産米の価格が5割高だったら? 2倍高かったら? 実際はわからない。シミュレーションしたくても、それすら難しい。


 筆者の勘でしかないが、「1円でも安いものを選ぶ」ということは、農産物についていえば、必ずしもいえないのでないか。なぜなら、いまでも価格の違う米が店頭にならんでいる。最高級米といわれる「魚沼コシヒカリ」は、スーパーの店頭で5kg=4000円以上もする。一般的な新潟コシヒカリは5kg=2500円程度なので、魚沼産は2倍近くもする。そんなことから連想すると、国産米が仮に外国産米より2割程度、高いくらいであれば、国産米の方が売れるのではないか。私はそう思う。みなさんはどう思うだろうか。この価格問題が、農水省の試算についての疑問の一つである。

 もう一つの疑問は、年間約800万tにのぼる日本の米市場が海外に開かれたとしても、日本人好みのジャポニカ米(短粒種)を、日本に供給できる国が世界にあるのかという問題である。農水省は「米国では輸出量が現在約400万tあり、これにアジア諸国の輸出量を含めると、わが国の生産量を上回る」という。本当だろうか。


 世界の米事情に詳しい伊東正一・九州大学大学院教授に、話を聞く機会があった。世界の主要な米生産国は、タイ、ベトナム、インド、中国、日本、米国、オーストラリアなどだが、輸出余力のある国は、タイ、ベトナム、米国など少数に限られる。オーストラリアは灌漑用の水の確保に問題があり、かつて120万t生産した年もあったが、水不足で生産がゼロとなり、輸入せざるを得なくなった年もある。米の安定した輸出国とはいえない。タイやベトナムはインディカ米(長粒種)の生産が主で、ジャポニカ米の生産は少ない。

 ジャポニカ米の輸出余力のありそうな国は、当面、米国ぐらいしかない。その米国のジャポニカ米の主生産地である、カリフォルニア州での2011年のジャポニカ米生産量は、155万t(精米換算)。そのうち、85万tが米国内市場向けだった。輸出は70万tで、そのうち約半分の36万tがミニマムアクセス米として日本に輸出された。仮に、日本の米の関税率がいますぐゼロになって700万tもの巨大な市場が出現しても、今現在の米国に日本市場の需要を満たすことはできない。

 米国以外に、対日輸出余力の出てきそうなのがベトナムだと、伊東教授はみる。ベトナムでは現在、ジャポニカ米はほとんど生産していない(1万t程度)が、高値で対日輸出ができるとなれば、ジャポニカ米を大増産する余地があるという。中国では現在、東北部(旧満州)でジャポニカ米を生産しているが、中国国内需要向けが主だ。日本向けに高く輸出できることがわかれば、増産に転じるかもしれないが、輸出余力はそれほど大きくない。

 TPPで米の関税が仮に撤廃されるとしても、10年とか15年かけてということになろう。それだけの年月があれば、米国やベトナムでは、対日輸出をねらった高品質のジャポニカ米の増産に取りかかる時間的余裕が生まれる。いますぐは、対日輸出のための生産余力がなくても、5年後には、米国から300万t、ベトナムから100万t、そのほかオーストラリアや中国からジャポニカ米が輸入されることになると、伊東教授は予測する。

 わが国の主食用の米の市場規模は約800万tだから、伊東教授の見立てでは、ざっと半分が外国産米ということになる。米の自給率は現在の95%から50%に半減してしまうが、農水省が悲観的に予測する10%と比べれば、まだましだということになる。


 輸入量とともに、もう一つの関心事である米の価格はどうなるのであろうか。農水省の試算によれば、米国産など外国産米の平均輸入価格は1kg当たり57円(1俵=3420円)なのに対し、国産米の価格は1kg247円(1俵=14820円)だったから、ざっと4倍強の内外価格差があるとしている。伊東教授によると、現在のカリフォルニア産コシヒカリの輸入価格は、関税がゼロだと1俵(60kg)=10900円だ。加州産あきたこまちは1俵=8690円。ちなみに中国・黒竜江省産ジャポニカ米は1俵=8190円。内外価格差は1.5倍程度しかない。

 しかし、この価格は現在のジャポニカ米の価格であり、大量の対日輸出が可能になれば、米国の米生産者もコスト削減に努力するだろう。その結果、現在大量生産しているインディカ米程度のコストの水準にまで、ジャポニカ米のコストも下がるに違いないとする。そうすると、玄米1俵当たり、加州産コシヒカリは6850円、加州産あきたこまちは6260円、中国・黒竜江省産ジャポニカ米は8190円となる。伊東教授は「米国産コシヒカリは1俵=7000円前後、カルローズ(※)は5000円程度で日本に入ってくる」とみる。こうした外国産米と競争するため、日本の米生産者はいっそうのコスト削減努力が求められることになるが、コストの半減は実現可能な範囲であり、価格競争で国産米が全然太刀打ちできないというわけではない。


 米の関税率が完全にゼロとなった時の日本農業の姿について、伊東教授はこう思い描く。「零細な米農家は完全に淘汰されてしまいます。現在より生産コストを大幅に下げた効率的な大規模農家だけが生き残ることになるでしょう。ただし、コストと関係なく、生きがいで農業を続けるホビー農家は、農村に残ることになるでしょうが」(2012年4月23日)


(※)カルローズ:
単粒種と長粒種の中間にあたる中粒種のジャポニカ系の米。カリフォルニアのバラという意味のカリフォルニア州オリジナル品種である。
 

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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